2016.08.05

東京五輪で野球復活、思い出されるのはあの「死闘」だ

今度こそセンターポールに日の丸を
二宮 清純 プロフィール

金メダルを阻止したアボットの気迫

これだけのメンバーを集めながら、しかし金メダルには手が届きませんでした。立ちはだかったのは米国の隻腕のサウスポー、ジム・アボットでした。

日本との決勝戦、米国の先発としてマウンドに上がったアボットは9回を3点に抑え、5対3の勝利に貢献しました。敗れた鈴木さんは悔しさとともに、もうひとつ別の感慨が胸に湧いてきたと言います。

ソウル五輪で力投するジム・アボット投手〔photo〕gettyimages

「後にオリックスに行く小川が二死三塁のチャンスでピッチャーライナーを放った。普通のピッチャーなら正面のライナーが飛んできたら、無意識のうちに避けるでしょう。アボットの場合、グラブを不自由な右手に乗せて投げていますから、ライナーをはたき落とすこともできない。

ところが彼は胸を出して体で受け止め、すぐさま一塁へ投げてアウトにしたんです。僕は思わず、心の中で拍手してしまった。見ているこちらもゾッとするような気迫を感じました。あの試合は、彼の気持ちに負けたと言えるでしょう」

野球がオリンピックの正式競技になったのは1992年のバルセロナ大会、そこから08年北京大会まで続きました。計5つの大会で日本は3つのメダルを獲得しましたが、金メダルはひとつもありませんでした。

「東京でセンターポールに日の丸を!」。この思いは鈴木さんに限らず、野球人全員の悲願です。

関連記事