「小泉純一郎にあって、加藤紘一になかったもの」山崎拓が明かす「真実」

総理になれた男と、なれなかった男の違い
週刊現代 プロフィール

——一方で、小泉さんはどんなタイプでしょうか。

小泉はやや遅れて我々の仲間になるのですが、初めの頃は美男子という印象だけが強くて、特段目立った存在ではありませんでした。ほとんど話すこともなかったし、孤高な感じで、奇矯な発言や行動をするので周囲からも浮いていた。

イラクへの多国籍軍の空爆が始まる直前の'90年の大晦日、紅白歌合戦を見ている時に加藤から電話があり、「国政のことを話し合える『同志』を作ろう」と言われました。

年明けの国会で、加藤が「同期で同年輩というと小泉くらいしかいない」と言うので、私は、「小泉はエキセントリックな男だから話が合わないよ」と答えました。

すると加藤は「じゃあ本人に聞いてくる」と言って、そのまま小泉の席に行った。そしてすぐに戻ってきて、「本人に『君はエキセントリックだと拓さんが言っているが本当か』と聞いたら、小泉は『そうだよ、俺はエキセントリックだよ』と言った。面白い男だから仲間にしよう」と(笑)。これがYKKの始まりです。

——「奇人」と言われた小泉氏とエリートの加藤氏の相性は、傍からは微妙にも見えます。

確かに加藤と小泉は、本質的にはケミストリー(相性)が合わない部分が結構あったと思います。でも小泉はああ見えて、YKKの中では常に一歩身を引いていました。

例えば当時、3人で飲みに行くと、だいたい小泉がいちばん早く来て、下座に座って待っている。私が少し遅れて到着。たいていの場合、加藤がいちばん遅れてやって来ましたが、上座はいつも加藤のためにあけてありました。「自分が一番若いから」と言って、酒の世話をするのも小泉の役目だった。そういう部分は、実に謙虚な男なんですよ。

余談ですが、加藤は当時から有名人で、飲み屋でも女性に持て囃されるんですね。でも、そんなにもてない(笑)。圧倒的にもてたのは小泉でした。フェロモンというのですか。小泉には、女性を惹きつける何かがあった。

ともあれ私がいなかったら、YKKは崩壊していたでしょう。私は八方美人だったから(笑)、両方と仲が良かった。小泉は、加藤には「加藤さん」だったけど、私のことは「拓さん」と呼んでいた。個性の違う加藤、小泉の真ん中に私がいて、バランスが取れていた。