実は「聖火」はこんなに政治的だった!リオ、東京、北京…秘められた開催国の思惑

意外と知らない「聖火リレーの政治学」
森田 浩之 プロフィール
〔PHOTO〕gettyimages

最も厄介だった聖火は……?

私が知るなかで最も厄介な聖火は、2008年北京オリンピックのものだ。

大会を前に中国は、世界5大陸を巡る聖火リレーを企画した。ところが3月にオリンピアで行われた採火式に、「国境なき記者団」のメンバーが乱入する。直前に中国はチベットでの独立を求める動きを弾圧しており、人権侵害に対する抗議が北京でのオリンピック開催に異議を唱える声に発展していた。

採火式で「国境なき記者団」が掲げた「手錠の五輪」マークの旗は、グローバルなメディアに載って瞬時に世界を駆け巡った。

結果、カザフスタンのアルマトイから始まった聖火リレーは、各地で抗議・妨害行動にさらされることになった。ロンドンでは抗議行動を行った30人以上が拘束され、パリでは混乱回避のためリレーが途中で打ち切られた。サンフランシスコでは予定のコースを突然変更し、見物する市民もいない倉庫街を走った。

その聖火リレーが、日本では長野で行われた。私はこの現場を取材したが、まったく理解不能なイベントだった。

当日、長野駅前広場に出ようとしたとき、私たちのグループを待ちかまえていたのは、警官隊の「あんたら、どっちだ?」という言葉だった。広場に出ると、選択を迫られた理由が理解できた。

中国国旗を振る真っ赤な群衆と、「フリー・チベット(チベットに自由を)」を叫ぶ人々が、駅前の大通りをはさんでにらみ合っている。警官隊は中国応援派とフリー・チベット派をあらかじめ「仕分け」していたのだ。

リレーの第1走者は、この大会で野球の日本代表監督をつとめた星野仙一だった。周りには北京オリンピック組織委員会から派遣された「聖火警備隊」に加え、白いトレーニングウェアと制服姿の警官約90人が伴走しており、さらに沿道に人垣ができているから、星野の姿などまったく見えない。

第10走者の萩本欽一が発煙筒を投げつけられ、第19走者の福原愛が走っていたときにはチベット系台湾籍の男が乱入して取り押さえられた。最終走者の野口みずきは雨の降るなか、厳重な警備に守られながら不安げな表情でフィニッシュした。

リレーを生中継で伝えるなどメディアは大騒ぎしたが、このイベントにどんな意味があったかは、テレビを見ても現地にいてもわからなかった。