実は「聖火」はこんなに政治的だった!リオ、東京、北京…秘められた開催国の思惑

意外と知らない「聖火リレーの政治学」
森田 浩之 プロフィール

聖火リレーを発明したのは誰か

聖火は近代オリンピックの始まりから存在したわけではない。競技場に火をともす古代オリンピックの儀礼が近代になって復活したのは、1928年のアムステルダム大会だ。ただし、この大会ではリレーは行われず、聖火は期間中にスタジアムの塔で燃えていただけだった。

では、古代オリンピックにはなかった聖火リレーを「発明」したのは誰か。

答えはアドルフ・ヒトラー。「平和のシンボル」という聖火リレーのイメージの対極に位置する人物である。聖火リレーが初めて行われたのは、ナチスが政治利用したことで知られる1936年のベルリン・オリンピックだった。

このときのリレーは7月20日、オリンピアでの採火式から始まった。3075人のランナーが1キロずつ走り、8月1日の開会式当日にベルリンに到着した。リレーの目的のひとつは、ギリシャ文明ゆかりの聖火がドイツにもたらされることで、20世紀における偉大な文明の担い手はドイツなのだと象徴的に示すことだった。

この聖火リレーについては、第二次世界大戦後の日本で、ナチスが軍事的な目的で行ったという説が流れた。ベルリン・オリンピックの3年後、ドイツはこの聖火リレーのルートを逆に進む形で各国に侵攻し、第二次世界大戦の火ぶたが切られた。聖火リレーを行うことで、実はナチスはヨーロッパの地形を前もって調べていた……というのである。

ただし、この説は歴史学的に十分に検証されていないようだ。当時のナチスドイツの力からすれば、聖火リレーなどという面倒なことをしなくても、知りたいことは何でもスパイできたはずだという見方もある。

ナチスドイツが聖火リレーから得たものは、ヨーロッパの地形情報などより重要な「国威」だったのかもしれない。