2016.08.06

知られざる天皇家の「闇」をあぶり出した、ある女官の手記

明治大正期の貴重な証言
原 武史 プロフィール

大正天皇を失われてからの皇后は、まるで「黒衣の人」といわれてもよいような、黒一色の生活をされ、自分自身の手で加えられるそのような鞭はなにがため、とありましたが、その謎はやはりご自分の心だけがとかれるものでしょう。お四かたの皇子もあげられたのですから、お睦まじい時もあったのでしょう。

御賢明にわたらせられすぎて、となげいた人もあったとか。亡き天皇をしのばれる時があるなら、ふと浮ぶざんげのお心持がなかったとは申せませんでしょう。

天皇があられたればこそ、皇后になられたのですから。(325~326頁)

不思議な文章である。一読しただけでは、何が言いたいかよくわからないからだ。

だがよく読むと、三千子は大正天皇と貞明皇后との仲を疑っていることがわかる。天皇が女官に手を付けたがるのは、必ずしも天皇だけの問題ではない──三千子はこう言っているのだ。

三千子自身も誤解されたように、貞明皇后は嫉妬深い性格であった。そして大正天皇の体調が悪化すると、天皇をさしおいて大きな権力をもつようになり、まるで自分が天皇であるかのごとく振る舞っているように、三千子には見えたのではないか。

「天皇があられたればこそ、皇后になられたのですから」という最後の一文は、貞明皇后は決して自らの力で皇后になったのではないのに、本人はそのことをまるでわかっていないと言っているようにも読み取れよう。

このように、本書には数多くの謎めいた文章が収められている。それらの謎が解かれることは、おそらく永遠にないだろう。

管見の限り、公式の資料だけではわからない宮中という世界の「闇」をこれほどあぶり出した書物はない。そしてそうした「闇」は、いまなお完全に消え去ってはいないのである。

原 武史(はら・たけし)
1962年、東京に生まれる。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社、東京社会部記者として昭和天皇の最晩年を取材。東京大学大学院博士課程中退。現在、放送大学教授。専攻は日本政治思想史。著書に『「民都」大阪対「帝都」東京』(サントリー学芸賞受賞)、『大正天皇』(毎日出版文化賞を受賞)、『昭和天皇』(司馬遼太郎賞受賞)、『滝山コミューン1974』(講談社ノンフィクション賞受賞)など。

関連記事