なんて奇妙な日本国憲法!死ぬことの理由さえ与えてくれないなんて~自衛隊「特殊部隊」創設者と「紛争解決人」の嘆き

伊藤祐靖, 伊勢崎賢治

国として、何を目指すのか

伊藤:憲法改正については、私は、憲法は漫画でもいいし、読みにくい文語でもいい、とにかく国として何がしたいのかがはっきり示されていればいいと思います。国家理念さえはっきりすれば、日本のお役所は文章を作るのだけは非常に上手ですから(笑)、自然にシンプルでいいものができると思う。

ただ、そのときに、私たち日本人が大切にしていることは70年前と断絶しているのか、それとも続いているのか、そこだけははっきりさせてほしいですね。日本人が善とするもの、悪とするものが70年前と変わったのか、そうではないのか。それをはっきりさせてほしいと私は考えています。

もし、終戦時に国家の理念が変わったのだとしたら、国旗や国歌も変えるべきでした。国家の理念を変えるってことは革命と呼ぶべきものなのかもしれません。国が変わるってことでしょ、それをやらなかったのはなぜか。うやむやにせずに、そこをはっきりさせてほしいのです。

伊勢﨑:それは憲法で示すべきものなのか、私はよくわかりません。

個人の大義を後付でもいいから国家が後押しする必要性を言いました。一方では、こんなこともあるんですね。アフガニスタンやイラクは軍事作戦も占領政策も、アメリカにとって完全な失敗だったわけですが、アメリカの一般の兵士の集まりなんか行くと、上官から言われたことをそのまま言っているのでしょうが、「民主主義のため」とか「自由のため」といった言葉がおうむ返しのように返ってきます。アメリカは非常にシンプルな形で、国家の理念を示しているからです。しかし、それは、結果的に、失敗で、間違っているんですね。これをどう考えるか。

伊藤:間違ってますけど、示すものがなにもないよりはマシではないでしょうか。ちょっとくらい怪しくてもいいから示すべきだと私は考えています。それもしないで、人殺しをしてこいというのは、あまりにおかしな話です。

私はシビリアンコントロールを否定するつもりもありませんし、政治家すべてを信用していないわけでもありません。ただ、これから死んでこいと命令するのなら、納得のいく説明をするのが、最低限の〝礼儀〟だと思っています。今の日本にはそれすらないのですから。

伊勢﨑:礼儀というのはいい言葉ですね。それなら納得できます。

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伊藤祐靖(いとう すけやす)1964年東京都出身、茨城県育ち。日本体育大学から海上自衛隊へ。防衛大学校指導教官、「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件を体験。これをきっかけに自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊の「特別警備隊」の創設に関わる。42歳の時、2等海佐で退官。以後、ミンダナオ島に拠点を移し、日本を含む各国警察、軍隊に指導を行う。現在は日本の警備会社等のアドバイザーを務めるかたわら、私塾を開いて、現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている。著書に『国のために死ねるか―自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』(文春新書)、『とっさのときにすぐ護れる―女性のための護身術』(講談社)がある。
伊勢﨑賢治(いせざき けんじ)1957年東京都出身。早稲田大学理工学部建築学科卒業。早大大学院理工学研究科入学(都市計画)。在学中、インド国立ボンベイ大学大学院社会科学研究科(ソーシャルワーク)に留学。留学中、インドのスラムに住み込み、コミュニティ・オーガナイザイーとして活動。ボンベイ市から国外退去命令を受ける。国際NGO「プラン・インターナショナル」に入り、シエラレオネ、ケニア、エチオピアなどで農村総合開発を指揮。その後、国際連合職員、笹川平和財団などを経て、2000年3月から2001年5月まで国連東ティモール暫定統治機構上級民政官。2001年6月から2002年3月まで国連シエラレオネ派遣団国連事務総長副特別代表上級顧問兼DDR(武装解除・動員解除・社会復帰)部長。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授時代の2003年2月から2005年7月まで、日本政府の特別顧問としてアフガニスタンでの軍閥のDDRを指揮。2006年から東京外国語大学教授。「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」呼びかけ人。近著に『日本人は人を殺しに行くのか―戦場からの集団的自衛権入門』(NHK出版新書)、『本当の戦争の話をしよう―世界の「対立」を仕切る』(朝日出版社)『新国防論―9条もアメリカも日本を守れない』(毎日新聞出版)