なんて奇妙な日本国憲法!死ぬことの理由さえ与えてくれないなんて~自衛隊「特殊部隊」創設者と「紛争解決人」の嘆き

伊藤祐靖, 伊勢崎賢治

憲法9条はもうもたない

伊勢﨑:これまで話してきたPKOは、はるかアフリカまで出かけて行っての話ですが、日本近海、たとえば尖閣諸島で何かあった場合、どうなるのでしょう。「日本の領海内だから現行法制のまま行ける」という考えもあるでしょうが、あそらへんが、いわゆる係争地であることは間違いなくて、しかも相手は国連五大国のひとつの中国です。敵国であるわれわれとは立場が違う(笑)。

フィリピンと中国の例を見ても、今回、国際仲裁裁判所が結審しましたが、強制力はもっていませんし……国際法の限界といえば限界なのですが……、結局は当事者同士の交渉もしくは衝突しかない。そういうとき、今の憲法9条のままで、やっていけるのか。非常にむずかしいと思うのです。

伊藤:むずかしいでしょうね。今、あの海域に艦を出港させるにあたって、明確に立場を説明しているのかと言えば、決してそんなことはないだろうと思います。つまり、お前たちはプレゼンスを示すために出て行く。しかし、交戦権はない。しかも、相手は国連5大国の中国ということをきちんと認識させて出しているか。私には、そこをあやふやにして出しているのではと思えてしまいます。

伊勢﨑:東チモールでは、民兵から撃たれた、その時点から「交戦」が始まりました。しかし、日本には「交戦権」がない。9条二項の議論では、自衛隊の問題として「戦力」の否定に目が奪われがちです。でも、「交戦権」の否定の方が重大だと思うんです。なぜなら、常備軍を持たなくても、「戦力」を持たなくても、素手でも「交戦」はできるからです。

「交戦権」。つまり、9条二項の原文のright of belligerencyをネットに打ち込むと、ほとんどが日本国憲法にかかわるものの記事です。そもそも国際法上、「交戦」は、「権利」というより「交戦規定」。歴史的な大戦を経るごとに、「あの殺し方はないよね」みたいな反省のもと、あれはやってはならないとか、こんな武器を使ったらいけない、とかいう言わば軍隊としての行動のネガティブ・リストの集積です。ルールを守って殺しあえという、どちらかというと「権利」より「義務」のニュアンスです。

必要最小限であろうとなかろうと、1発撃てば、それは「交戦」であって、日本流にいう「自衛権」の行使だって、立派な「交戦」なんです。歴代の日本政府が国会答弁の中で定義してきた「自衛権」は、国際法的にはまるで意味がないのです。「交戦」じゃない国家の「武力の行使」はありえないのです。

だって、人類が歴史的にそれを規制しようとしてきた努力の結晶が、戦時国際法/国際人道法なんですから。さもないと、日本の「武力の行使」は、何の規制もされない、野放図な武力となってしまう。逆に危険なんです。

だからこそ、苦し紛れに日本政府は、国家が主語の「武力の行使」と言わず、個々の自衛隊員が主語の「武器の使用」と言ってきたのですが……。つまり、国際法上の過失は、日本では個々の自衛隊員が責任を負う仕組みの法体系しかない。これは、国際社会では、絶対ありえない。これを続けるなら、9条に改良を加えるしかないのです。

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伊藤:こういうことが、これだけ複雑になっていること自体が大問題ですよ。現場にしてみると、こういうことはできるだけシンプルにしておかなければ、いざというときに、まったく役に立たなくなります。これだけでなく、日本という国が矛盾の塊のようになっていて、そろそろ整理しなくてはどうにもならなくなっています。

伊勢﨑:憲法9条は、もうもたないと思いますか。

伊藤:誰がみてもおかしいです。

伊勢﨑:歴代の政府は、9条で存在を否定している自衛隊を、13条の幸福追求権で復活させて、あわせ技で、存在してもいいんだと「解釈」してきました。どんな法も「解釈」されるものですが、やっぱりその「解釈」にも限界というものはある。繰り返しますが、「武力の行使」から「交戦」を引いたら=ゼロ、何もないんです。

そういう意味では、ご著書の文中の能登半島沖不審船事件での威嚇射撃、あれ、国際法的には「交戦」ですよ。ただの不審船だったら、あそこまでやらなかったでしょう。日本人を拉致している可能性のある北朝鮮のものと思しき不審船だからやった。国際法真っ青の「先制攻撃」です(笑)。

伊藤:あのときは、艦長の暴走を止めるのに精一杯で、自分たちが「交戦」しているという意識はありませんでした。しかし、頭のどこかに、「始まってしまったんだ」という意識があったことは認めます。歴史の教科書に載ってしまうようなことが、ここでおきているのかも知れないという感じだったです。