なぜビートたけしは昭和の事件当事者を演じるのか

新連載 ビートたけしが演じた戦後ニッポン 第1回
近藤 正高 プロフィール

前出の鴨下信一は、役者の本領であるはずの「扮すること」が、テレビドラマではややもすると抑圧されがちだと指摘する。それというのも、《〈地のまま〉をよしとする傾向、出来るだけ自然に、ナチュラルな演技を望んできた》のがテレビドラマの歴史だからだ。ここから鴨下は、《テレビドラマのいいところは、〈扮することの喜び・そのための技術・プロ意識〉と〈地のまま・無技巧・アマチュアリズム〉の二つの勢力が拮抗しているところにある》と自説を述べている(『調査情報』前掲号)。

考えてみると、鴨下のいう「二つの勢力」は、ビートたけしというひとりの俳優のなかでも拮抗し、せめぎ合っているといえまいか。役に扮しながらも地のまま、技巧的である一方で無技巧、そしてプロであると同時にアマチュア。たけしの演技を魅力あるものとしているのは、まさにその二面性にあるような気がしてならない。

たけしの演じた昭和の事件の当事者たち

ビートたけしの演じてきた実在の人物はいずれも癖が強く、テレビでとりあげるには非常に難しい人物ばかりだ。ここで参考までに主要な作品と演じられた人物をあげておこう。

『昭和四十六年、大久保清の犯罪』(TBS、1983年)※連続女性誘拐殺人事件(1971年)犯人・大久保清
『イエスの方舟』(TBS、1985年)※「イエスの方舟」主宰者・千石剛賢
『コミック雑誌なんかいらない!』(映画、1986年)※豊田商事会長刺殺事件(1985年)犯人
『美空ひばり物語』(TBS、1989年)※山口組3代目組長・田岡一雄
『忠臣蔵』(TBS、1990年)※大石内蔵助
『実録犯罪史 金(キム)の戦争』(フジテレビ、1991年)※寸又峡旅館籠城事件(1968年)犯人・金嬉老
『説得――エホバの証人と輸血拒否事件』(TBS、1993年)※エホバの証人輸血拒否事件(1985年)で死亡した男児の父親
『御法度』(映画、1999年)※土方歳三
『三億円事件――20世紀最後の謎』(フジテレビ、2000年)※三億円強奪事件(1968年)犯人
『あの戦争は何だったのか 日米開戦と東条英機』(TBS、2008年)※東条英機
『赤めだか』(TBS、2015年)※立川談志

このほか、企画段階で終わったものの、先述のとおり田中角栄や元日本兵の小野田寛郎をドラマで演じる予定もあった。それにしても、なぜこうした役がたけしに回ってくるのか? 『昭和四十六年、大久保清の犯罪』をはじめ、たけし主演の実録ドラマの多くを手がけてきた脚本家の池端俊策は、自らの体験から次のように述べている。

《二つの相反する立場に立ち、二つの顔を持つといった役柄が多く、それが大仰でなく素で演じて説得力がある不思議な俳優だという実感を得ました。
昭和史の中の事件や人物をドラマで描く時、こういう俳優の存在感は貴重ではないかと思っています》
(『キネマ旬報』2016年5月下旬号)