藤井聡太七段も読んでいたトップ棋士「11人の告白」とは

大川 慎太郎

棋士とソフトが戦う電王戦はずいぶんニュースになったので、ご存知の方も多いだろう。2012年から始まったこの棋戦で、棋士は苦杯を舐めさせられた。一敗地にまみれてうつむく将棋指しの姿をインターネットの生放送で何度も見ることになった。

ソフトは棋士の実力を超えた。そう思っているファンも多いはずだ。実際のところはともかく、「一番強いのは棋士」という価値観が、ソフトの登場によって根底から揺さぶられていることは間違いない。そんなことは、徳川幕府が将棋指しに俸禄を与えた1612年以来、初めてなのである。

名人・佐藤天彦はこう考える

ソフトの存在に無関心な棋士はいない。

拙著『不屈の棋士』(講談社現代新書)のインタビューには登場しないが、2016年5月に羽生善治を破って名人に就いた佐藤天彦はソフトを活用している。

「研究の中でソフトが占める割合は3割くらい。懸案の局面を探索させることもあります。全局ではありませんが、自分の実戦で現れた局面を検討させることもありますね。最強ソフトと自分が戦ったらですか? 特に自信はありません。ソフトが強いことは認めていますから。

ただ、ソフトと人間の勝負は別物だという気がします。僕は将棋を指していてすごく楽しいし、ずっと夢中になっていますが、それは将棋が絶妙なゲームバランスを有しているからです。

平安時代には大将棋や中将棋といって盤のマス目や駒数が多い将棋もありましたが、難しすぎて廃れていった。ソフトにとっていまの将棋は比較的簡単なのかもしれません。昔のようにマス目や駒数を増やせば人間も慣れる必要はあるにせよ、ソフトといい勝負ができるのかもしれない。でも、それでは意味がないんです。

人間が楽しむにはいまの将棋がベストなのだから、たとえソフトが強かろうと関係ない。結局、人間が楽しめなければ意味がないですし、それとソフトの存在は別問題なのです」

私は観戦記者として日々の取材をする中で、ソフトについて棋士に尋ね続けた。ある者はソフトに白旗を上げ、ある者は「まだ戦える」と言い切った。ソフトに嫌悪感を示す者もいれば、自分の将棋に役立てている者もいた。

悲観と楽観。批判と称賛。

力のこもった言葉を浴び続けた私は次第に困惑していった。とにかく棋士によって意見が大きく異なるのだ。