山口敬之氏「だから私はTBSを退社し、この一冊を著した」~永田町を震撼させたエース記者の回想

「太鼓持ち」と言われても

そして書き上げたのが『総理』だ。山口氏も語るように、同書には組織に所属していては公開をためらわれるような、政権幹部の生々しい肉声が収められている。

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執筆に際しては、私が実際に見てきた事実だけを書くことを徹底しました。今、世の中にある政治関連書は、ほとんどが「安倍さんは素晴らしい」という〝親安倍〟か、「アベ政治を許さない」と主張する〝アンチ安倍〟か、どちらかの立ち位置に偏って書かれたものばかりで、政権の実像をそのまま描いたものがない。

そこで、礼賛や批判といった評論ではなく、「誰がいつ何を言ったのか」「その時どんな表情だったのか」といった〝ファクト〟を、なぜ私がその場で目撃していたのか、という経緯まで含めて、全面的に情報開示しようと思ったんです。

現政権には私と付き合いが長い政治家が何人かいます。そうした複数の政治家から話を聞くことによって、政権の実像を俯瞰して書くことができたと自負しています。

当人は「たまたま付き合いが長いだけ」と謙遜するが、実際のところ、山口氏の政権幹部へ「食い込み」は、並のものではない。

2012年に安倍氏が自民党総裁に返り咲いた際には、菅義偉氏をして「山口君の電話がなければ、今日という日はなかった」と言わしめ、内閣改造時には、麻生氏直筆の「人事案」を山口氏が総理のもとに届けることもあった、と本書では明かされている。

安倍総理や麻生財務相といった政権幹部の生の声を引き出そうと努力するほど、社内外から「山口は安倍政権の太鼓持ちだ」という批判の声が聞こえてくることもあったようだ。

そのこと自体は、山口氏は気に留めなかったという。だが一方、政治記者が取材対象に深く迫る過程で、「外部からの観察者」という立場を越え、自らの動きが政局に影響を及ぼしてしまう、という点については「苦悩はあった」と明かす。

たとえば、ある〝ネタ〟が入ってきて、その真偽を問うために政治家のところへ取材に行ったとします。すると「TBSの山口が、あのネタを誰々にぶつけた」という情報が、他の政治家や官僚、さらに他の報道機関にも伝わり、永田町に「さざ波」が立つ。そして、その小さな『さざ波』がやがて政治の流れを変えてしまうことも、現実にはあるのです。

政治記者になったばかりのころは、そのことに抵抗がありました。「自分は、記者の範疇を越えてしまっているのではないか」、と。

しかし、永田町では取材対象である政治家に近づくうち、いやでも一定の役回りを担わざるを得なくなるんです。単に記者会見や夜回りで聞いた話だけを書いている新人記者ならともかく、政治記者として一人前になれば、必然的に「永田町の住人」になってしまう。そういうものだと思っています。

その代わり、自分が永田町で見聞きしたことは、必ずオープンにしなければならない。すぐに公表することができない話であっても、いつか必ず書く。それが記者だと思っています。それが、本書を記した最も大きな理由のひとつです。