日本人の「英語力低下」がよくいわれますが、それは国語力が下がっている結果だと思います

島地勝彦×マーク・ピーターセン【第2回】
島地 勝彦 プロフィール

シマジ 印象に残っているのはどういう作家の作品ですか?

マーク まず、谷崎潤一郎の『細雪』ですね。それから川端康成の『山の音』、永井荷風の『腕くらべ』などを読んで、これは本物の文学だなあと感銘を受けたわけです。わたしは性格的に、ほかの国の文学よりもなんとなく日本文学の感性が性に合ったんですね。

シマジ 日本文学の情緒が気に入ったんですか?

マーク よくわからないんですが、感覚的に合っているような気がしたんです。先生に「これを原文で読めばもっと面白いよ」といわれて「じゃあ、日本語を勉強しよう」とそのころ思ったんです。

ただ、たとえば英語圏の人間がフランス語を集中的に勉強すれば、1年くらいで小説を読めるぐらいにはなるんですけど、日本語は10年やっても、果たしてむかしの文学作品をちゃんと読めているのだろうかという不安がありますね。いずれにせよ、わたしは、もともとは日本文学の世界観に惹かれたんです。

シマジ いつかマークさんから聞いた話ですが、ワシントン大学で博士論文の学位をお取りになったとき、論文のテーマに正宗白鳥を選んだそうですね。正宗白鳥といったら、いまの若い日本人もほとんど知らない文藝評論家ですよ。わたしはもちろん読んだことがありますが、正宗さんには実際にお会いしたんですか?

マーク 会ったことはありません。わたしが日本にきたころは、すでに亡くなっていたんです。その後、岡山に行って、遺族というか家族には会いました。いい家が残っているんですよ。たしか正宗白鳥の弟さんの孫にあたる方で、正宗千春さんといいましたか、いまは備前焼の有名な陶芸家です。

あえて正宗白鳥を選んだのは、わたしの戦略でもありました。博士論文を書くと、口頭試問があるんですが、正宗白鳥をやれば、まず誰も読んでいないので、自分がその部屋のなかでいちばん詳しいだろうと推測したわけです。もちろん彼の英訳もほとんど出ていないですからね。

シマジ なるほど。審査員の教授たちに肩すかし戦法で行こうとしたんですね。

マーク もう一つ興味深く思ったのは、一時、アメリカ人のプロテスタントの宣教師が日本の田舎をくまなく回っていたんですね。明治末期の文人としては珍しくないんですが、なんとなくキリスト教と西洋の文化が漠然と一つのものとなって、キリスト教に惹かれた。白鳥もその1人だったんですね。

その後、白鳥はまだ東京専門学校という名前だった早稲田で、島村抱月や坪内逍遙に会ったり、キリスト教の思想家の内村鑑三の影響を強く受けたりしたんですが、2,3年くらい経つと、キリスト教について少し疑問を抱くようになりました。ところが典型的なアメリカ人の宣教師に訊いても、彼らは別にインテリではないから答えられない。それで白鳥はだんだんキリスト教から離れていき、結局はキリスト教を捨てました。

そういう現象、つまり最初に日本人が西洋文化の一部としてキリスト教に魅せられるということ、そして最後に捨てるということを、非常に興味深い現象だと思ったんです。