テスラ車の死亡事故から、人類が学ぶべき「絶対にやってはいけないコト」

自動運転が人を殺さないために
島崎 敢

責任を押し付けても仕方がない

今回のテスラの事故では、(これはまだ憶測ではあるが)ドライバーがDVDを見ていたかもしれないこと、テスラのシステムがトレーラーを検出できなかったこと、白いトレーラーの側面が背景に溶け込んでしまったことなどが原因だと言われている。また、衝突後の問題として、テスラがトレーラーの下に潜り込んでしまったためにドライバーが死んでしまった可能性がある。

これに対して、(人間の特性からはちょっと無理があるのかもしれないが)ドライバーがシステムの限界を正しく理解して監視をしておく、システムがトレーラーを見落とした原因を調べて見落とさないように改善する、トレーラーの側面塗装は背景に溶けこまないように単色にしない、側面から衝突した車が下に潜り込まないようにサイドバンパーをつけておくなど、対策はいくつも実行可能だ。

そしてどれか1つでも効果を発揮すれば最悪の事態は防げる。もちろんトレーラー側には責任はないのだが、なるべくたくさんのチーズの穴を小さくするには、「誰の責任か」は置いておいた方が良いのだ。

何か事故が起きた時に、そこにたまたま居合わせて、たまたまやらかしてしまった人に責任を押し付けても、原因究明は進まない。原因究明がされなければ、同じような事故がまた起きる。自分がもしやらかしてしまった人と同じ立場にいたとして、「自分ならやらかさない」と絶対の自信を持って言えない場合には、仕事の内容が「人間の特性」に合ってない可能性が高い。こういう場合は「人間が気をつける」以外の複数の対策をするべきだろう。

本人に悪意がある場合を除いて、一番悪い人を探してその人に責任を押し付ける責任追及型の対応では、たった1つのチーズの穴を小さくするだけか、場合によってはたった1つの穴も小さくできない。もっと言えば、こういった対応は、他の穴を見逃す行為でもあるのだ。責任者を断罪することで満足してはいけない。

今回のテスラの事故は稀な例とは言え、自動運転の安全性と責任の所在が議論になった。「誰が悪かったのか」という議論ではなく「どうすれば防げたのか」という議論が加速し、人間が運転するにせよ、システムが運転するにせよ、今回の犠牲が少しでも交通事故リスクの低減に繋がることを願いたい。

シートベルトをしている助手席としていない後部座席、どっちが安全?心配の源は「リスク」にある。物事を”ありのまま”に捉える新しい学問。
島崎敢(しまざき・かん)
心理学など人間側からのアプローチによって事故や災害のリスクを減らそうとしている研究者。国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員。1976年東京都生まれ。静岡県立大学国際関係学部を卒業後、大型トラックやタクシーのドライバーとして生計を立てる。2002年早稲田大学大学院人間科学研究科に進学、修士・博士の学位を取得し、同大助手、助教を経て現職。著書に『心配学 「本当の確率」となぜずれる?』(光文社新書、2016年)がある。