小説ってこんなふうに書くのか! 片岡義男と江國香織が惜しげもなく明かす「最高の小説のつくりかた」

特別座談会【前編】
片岡義男, 江國香織, 佐々木敦

佐々木:江國さんはどうですか。小説の中での時間の処理の仕方というのは。

江國:難しいですね。細かいことに気を取られがちなので。人に会いに行くのでも、その前に着替えさせようかとか、その季節だったら何を着るのがいいだろうとか、そういうディテールを書くのが好きなので書いてしまうと、時間がなかなか流れない。それに日々困っている感じです。

ただ回想というのは、良い手だと思います。着替えている途中に突然、「彼と初めて会ったのは、」とか「去年、」とか回想を入れると、構造としては色々な時間を書くことができる。

片岡さんがおっしゃったみたいに映像的に想像すると、喫茶店で話をしている場面でも、窓の外で鳥が鳴いているとか子供が走っていったとか、ちょっとよそ見をさせておく。そうすると少し時間が流れて、2行の間に30分ぐらい経つ可能性はあると思うんです。

片岡:僕の場合は映像で見て書いていますから、次の場面に繋がなければいけないわけです。そのためには先に書かれた文章で繋ぐための準備ができていなければいけないし、繋がれる方の文章にそれを受ける準備ができていなければいけない。

そう考えると、自分でゲームのルールを作って、そのルールに沿って遊んでいる感じがしますね。うまくできたときは、ルールに沿ってうまく遊べたときなんです。

江國:そのルールは、一作ごとに変わるんですか?

片岡:毎回違います。それぞれ考えるというのが一番楽なんです。だから僕は短編が多い。

江國:でも、沢山の短編のひとつひとつにオリジナルのルールがあると思うと、すごいことですね。

何が「正解」かは、書いてみてわかる

片岡:僕が江國さんに聞きたいのは、『号泣する準備はできていた』という本の最初のストーリーについてですね。

主人公の女性がかつてホームステイした家の、当時は2歳だった娘が、19歳になって日本に来る。それで空港に出迎えに行くんです。小説は主人公が空港へ行くための長距離バスを予約するところから始まって、最後はホームステイ先の娘のお母さんからもらったお土産を見るところで終わる。

お土産というのは、茶色の紙袋に入っているハーブティーらしきもの。これはものすごく正解なんです。これ以外にありえない。見事な小説です。僕はこれをパクりたい。いつかやりますよ。

佐々木:確かに、同じ出来事を片岡さんがそのまま書いたら、片岡さんの小説になりそうですね。

江國:うれしい。「ハーブティーというのは正解」と言ってくださって、本当に今日来てよかったと思います。

片岡:それ以外にありえない。

江國:でも正解って、書いてみてわかることがありますね。

片岡:はい。あります。

江國:「他のものではいけない」というのがある。本当にどっちでも良さそうなものなのに、例えばビールではなくお水でなければならない場面とか、赤い服ではなくて青い服を着ていなければならないとか、なぜなのかはわからないけれども、「だって事実がそうだったから」という感覚が、書いていてするときがあって。そういう風に思えるときは嬉しいですね。