誰も語ろうとしない東日本大震災「復興政策」の大失敗

「やることはやった」で終わっていいのか
山下 祐介 プロフィール

本当の意味での復興はできない 

この国はどうも、政治も国民も、そして行政も含め、本当のことを言い、本当の気持ちを伝え、本当に必要なことを一緒になってしっかりとやっていく能力に、大いに欠けているようだ。

みなどこかで遠慮して、本音を言わずにすましている。しかし裏ではぐずぐずと文句を言い、政府は国民を、国民は政府を馬鹿にもしているのである。

そして結局、声の大きい人に引っ張られて、やるべきでないことを容認し、そしてやったことが失敗すると、誰かに――それもたいていはもっとも声の出せない弱者に――その責任を押しつけようとする。それもこれもすべて結局は、他人任せの国民性に由来する。 

この論の冒頭で「復興政策が失敗だ」というのはそういう意味である。まずは、おかしいものはおかしいと言えなければ、私たちはこの国を守ることはできない。この国の平和は維持できないし、自然との共生もできない。持続可能な国家はありえない。

もっと落ち着いて事態を見据え、誤った政策を改め、本当に必要なことができるように、この国の政策形成過程をこの際しっかりと立て直すべきだ。

東日本大震災は、こうした日本という国がもつ、もっとも異様な姿が表に現れた災害だったというべきかもしれない。津波そのものは自然のことであり、これはただ受け入れるしかない。

それに対し、本来避けられたはずの原発事故が起きたのは、この国の歪みを具現化した象徴的な出来事であった。だが本当に異様なのは、その後の過程である。この復興の失敗は避けられたはずだ。作動を誤って、私たちはこの震災を受けた衝撃以上のものにしてしまった。

この震災・原発事故は、近く復興を終了するどころか、これからさらに大きな展開を見せることになるだろう。今はまだ小康状態にすぎない。この震災も原発事故もまだ終わっていない。むしろ問題はこの5年で大きく拡がり、今後事態はますます複雑化していくはずだ。

東日本大震災からの復興過程には、この国の危うさが現れている。しかも、その危うさに多くの人が気づかないでいたり、あるいは気づいていたりしてもあえて問わずにいることに本当の問題がある。このままでは本当にまずい、と心から憂える。

2011年3月11日から6年目に入った。この復興政策で本当に現地の再建はなしうるのかと、メディアは問題にする。だがもうすでに5年が経過しているのだ。もはや本当の意味での復興はできないというべきだ。

この復興政策は失敗だ。

そこからスタートすべきである。その認識の上で、根本から政策のあり方を見直して、今からでもよい、可能な復興のあり方を再構築し直し、また今後こうした失敗が二度と起きないよう、何がこうした事態を引き起こしたのか、十分な検証が行われることを望む。

そしてそれはやはり選挙がどういう形で行われるか、その結果、政治の布陣がどうかわるかに大きくかかっている。私たちはなかなか変わられない。

しかし選挙はそれを変える重要な機会なのである。どんな立場の人であれ、この国の政策形成過程に問題を感じ、それを正すような抜本的な改革に取り組む人にこの国の主権を委ねるようでありたい。それは国民にも相応の負担をもとめるものであるはずだ。

優しいことを言い、依存を助長する人こそ疑うべきだ。むしろ私たちの政治に向き合う姿勢の危うさに厳しく釘をさす人こそが、実は国民の本当の声に応える人なのである。

山下祐介(やました・ゆうすけ)
首都大学東京准教授。1969年生まれ。九州大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程中退。弘前大学准教授などを経て、現職。専攻は都市社会学、地域社会学、環境社会学。著書に『限界集落の真実』『東北発の震災論』『地方消滅の罠』(ともにちくま新書)。共著に『人間なき復興』『「辺境」からはじまる』『原発避難論』(ともに明石書店)ほか。
[参考文献]
小熊英二・赤坂憲雄編2015『ゴーストタウンから死者は出ない 東北復興の経路依存』人文書院
山下祐介2013『東北発の震災論 周辺から広域システムを考える』ちくま新書
山下祐介2015「東日本大震災・東京電力福島第一原発事故 隘路に入った復興からの第三の道」『世界』2015年4月号、岩波書店、84-93頁
山下祐介・市村高志・佐藤彰彦2014『人間なき復興 原発避難とこの国の「不理解」をめぐって』明石書店
山下祐介・金井利之2015『地方創生の正体 なぜ地域政策は失敗するのか』ちくま新書