犯罪史を揺るがした「ふたつの裁判」の深い闇〜無実を疑う声は後を絶たず…

堀川 惠子 プロフィール

裁判の過程で断片的に見えてくる家庭の事情は極めて複雑だ。母親の母親(生徒の祖母)も興味深い発言をしつつ、最後は口をつぐんでしまう。1人の若者を自殺に追いやり、多くの生徒に深い傷を残した事件の根は、かなり深い。

この種の事件は「被害者」と「加害者」の境界線があいまいで真相の解明が難しい。なぜ母親は「モンスター」になったのか。母と息子の関係はどのようなものだったのか。重要な問いは謎のままだ。

女の心の闇にふれるという点で、夏石鈴子著『逆襲、にっぽんの明るい奥さま』は実は怖い本だ。八人の主婦の日常生活の「断片」を切り出した短編集。それぞれの物語に、小さな叫びがある。

自分の子を心から愛することができない母親、誰からも褒められない主婦、「もっともっと」と要望されるばかりの役回りに疲弊する妻、姑の無遠慮な言葉に訴える先を持たない嫁、理解してくれない夫。登場人物たちを描写する一文一文に実感がこもる。

〈いくらやっても全然足りない。わたしは永遠に求められ奪われて磨り減っていくだけだ〉〈優しい心は、元気と違って自分一人の力で手に入れるのは難しいもののような気がする〉〈手は、体のどの部分よりも生々しく他者を求めている淋しがり屋の器官だと思う〉

日本の殺人事件の約半数は、家庭内で起きるという統計がある。家族も社会も、誰も取り合おうとしないような小さな不安や哀しみの延長線上にこそ、重大な事件は起きる。そばにいる人が放つ予兆を見逃さず、時には向き合ってみることも大切かなと思わされる一冊でもある。

ちなみに本書の解説は、児童虐待事件に関する秀逸なルポで知られる、杉山春さん。著者自身の人生の断片をも赤裸々に書いたあとがきも含め、かなり濃厚な1冊である。

『週刊現代』2016年7月19日号より