犯罪史を揺るがした「ふたつの裁判」の深い闇〜無実を疑う声は後を絶たず…

堀川 惠子 プロフィール

そして自白はつくられる

実は平沢氏逮捕の前にも「執念の捜査」で別の男が逮捕されている。なんと、その男も「自白」した。「犯人でもないのに自白するはずがない」というのは平時の思考だ。心理学者である筆者は、容疑者とされた無実の人が様々な心理的圧迫の中で追い詰められ、取調官との間に「犯人を演じる」関係性を生み出してしまうことの恐ろしさを詳しく分析している。

平沢氏も聴取書の中で、自ら自白しながら何度も「辻褄が合わなくて困る」とか「でも私は薬物を持っていないのでおかしい」と訝しんでいる。取調官が「ではこうではないか」と「質す」ことにより、自白調書は完成されていった。

この種の冤罪事件は枚挙に暇がない。だからこそ取調べの「全面可視化」が必要なのだ。「司法改革」の重要性が叫ばれながらも、日本の裁判には2016年の現在に至るまで、戦後直後と大して変わらぬ構図が見える。

とはいえ、法廷で思わぬタブーが明るみに出ることもある。福田ますみ著『モンスターマザー』は2005年、長野県の高校1年生が自殺した事件をめぐる顛末をまとめた記録だ。

当初、メディアは遺族である母親の主張に沿って、男子生徒が学校でのいじめを苦に自殺に追い込まれたという論調で報じた。母親は学校を相手取って裁判を始めるが、逆に学校側と生徒の保護者らが母親に対する名誉棄損等の民事訴訟を起こす異例の展開になった。

結局、長野地裁は「上級生が自殺した生徒をハンガーで叩いた行為はあった」と認定したが、母親の訴えのほとんどを退け、逆に母親側に、学校や保護者に損害賠償を支払うよう命じる判決を下す。母親側は控訴を取り下げ、判決は確定した。

本書によると、背景には母親の恒常的な、常軌を逸した「モンスターマザー」ぶりがあった。子の自殺の主原因には家庭つまり母親との関係性が疑われるのに、母親はそれを全て学校の責任にしたというのが関係者の見方だという。