人類はまだ天才「南方熊楠」の思想にたどり着けない〜現代人が見習うべき唯一無二の思考法

守備範囲は微生物から仏教まで!
中沢 新一

土宜法竜との往復書簡

そういう熊楠の思考のもっとも創造的な天才が、爆発的にあらわになった時期があります。そのことは研究論文や本の中ではなく、栂尾高山寺の真言僧である土宜法竜と交わした書簡の中に書きつけられています。

明治三十七年、熊楠はヨーロッパから帰朝してのちに故郷に戻り、準備を整えて那智の山に入って行きました。自分の生物学研究の主題を粘菌に据えた熊楠は、研究の拠点を那智の原生林に定めて、那智大社近くの旅館を宿に定めて、植物採集に没頭するようになります。まったくの孤独でした。採集箱を抱えて山中を歩き回り、夜になると旅館に帰ってきて、灯火のもとで顕微鏡を覗き分類をおこない、標本を作るという作業が毎日続いていました。

そんなとき、土宜法竜から手紙が送られてきたのです。土宜法竜は大変開明的なすぐれた真言僧で、十年ほど前ロンドンで熊楠の友達になりました。その手紙の中で、法竜は仏教の本質、人間性の本質について、おそろしく深遠な問題を熊楠に問いただします。それに対して熊楠が本気で答えます。その書簡の内容が、ものすごいのです。

この手紙の内容を読み解いていくと、熊楠がその実現を夢見、二十一世紀の私達がようやくその存在に気付き始めている新しい科学の方法が見えてきます。それは「ロゴス」とは異なる知性作用である「レンマ」に基礎づけられた科学です。西洋の科学はおもにロゴスに基礎づけられて発達しました。

ロゴスとレンマ

ロゴスは「ものごとを集めて、前に並べる」というのが、ギリシャ語での原義です。ものごとを集合させ、順序をつけて並べる、という意味ですが、これは現代の集合論という数学でもおおもととなる考えです。

ロゴスは言葉と深いつながりを持ちます。言葉は時間軸にそって単語を並べて、主語や述語の間にきちんとした結合のきまりがあり、それによってものごとを秩序だって表現することができます。それはロゴスの働き以外のなにものでもありません。そこで聖書にも「言(ロゴス)は神であった」と書かれるごとく、ものごとを正確に理解するということは、そのものごとについて正確な言葉で言う、と同じ意味だと、ギリシャ哲学では考えられました。

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