人類はまだ天才「南方熊楠」の思想にたどり着けない〜現代人が見習うべき唯一無二の思考法

守備範囲は微生物から仏教まで!
中沢 新一

三つの研究領域を司る思想

南方熊楠の研究領域は多岐にわたっていますけれども、思想的に重要な領域が大きく三つあるように思います。

一つ目は神話学です。神話は人類の哲学的思考の原初をしめしていますが、あらゆる領域で原初的なものに関心を抱いていた熊楠は、神話を扱う人類学や民俗学に自然と関心を向けていきました。

二つ目は生物学の領域です。この領域で、熊楠がとりわけ大きな関心を持ったのは粘菌という生物でした。粘菌をめぐる科学的な研究が熊楠にとってきわめて重要であることは当然です。ですがまた同時に粘菌という生物の存在形態が、熊楠にきわめて創造的な哲学的思考を促しています。このことについては後ほど詳しくお話しします。

そして、三つ目が大乗仏教です。これは科学論文や哲学的な文章として発表されたものではありませんけれども、熊楠の思想の根底にはこの大乗仏教が据えられています。

この三つの領域は、深くつながりあっています。土台となる思想の構造が似通っているからです。似通っているどころか、同型性を持っています。熊楠はおどろくべき一貫性をもって、それら三つの領域の研究に突き進みました。この三つの領域のつながりを明らかにしていくと、先ほど言った、この先の科学の形態がどうなっていくのかということについて、大きな可能性を持った一つの見通しを得ることができるように思われます。

シンデレラをめぐる神話研究

まず、神話のことからお話ししましょう。南方熊楠は、未開民族あるいは古代社会の神話や田舎の人々の習俗や思考などに深い関心を抱いていました。同時代に同じような問題に関心を持っていた巨人が二人います。柳田國男と折口信夫です。この三人は神話の領域に深い関心を持っていましたが、三人の取り組み方はまったく違っています。

熊楠は、有名なヨーロッパのシンデレラ譚をめぐる研究のなかで(「西暦九世紀の支那書に載せたるシンダレラ物語」)、この物語が旧石器時代にまでさかのぼることをしめしています。竈と灰の少女シンデレラの物語と『酉陽雑俎』に載っていた古代中国の水辺の少女葉限の物語の構造が、同じであることを直感し、論証しています(詳細は中沢新一「南方熊楠のシントム」『熊楠の星の時間』。同『人類最古の哲学 カイエ・ソバージュ1』。いずれも講談社選書メチエ)。

シンデレラ物語は、大変古い起源をもっています。これはユーラシア大陸の西の端で発達しました。ユーラシア大陸の東の端で発達した、水辺を中間領域とする葉限とシンデレラが同じ根本神話の変形だと考えたとき、熊楠は人類がまだ東西に分かれていない旧石器時代の「根本神話」をとりだそうとしていたのだと思います。

私は、南方熊楠のこの神話研究の方法に大変魅せられました。いま私は「アースダイバー」という仕事をやっていますけれども、これは南方熊楠の神話学の方法を現代的な形で展開しているという自負を持っています。歴史学や考古学の扱う資料だけでは明らかにされない、地殻やプレートの運動なども含めて、地球の運動全体と人間の思考がまじりあうところで展開されてくる、思考の深い地層まで人類の思想を掘り下げたいと思っているのです。