中国巨大市場でシェア4割! “自転車”産業で成功した日系企業、その驚くべき「先行戦略」

利益と文化を創出した台湾メーカーにも注目
駒形 哲哉 プロフィール

このことが意味するのは、ある環境に適合した経営モデルは、環境が変化すれば優位性を失う可能性があり、また、いかに日本がモノづくりに長けているといっても、グローバル化して輸送・通信コストの条件が変われば、成熟した量産型製品の製造を従前の規模で日本にとどめておくことも困難になるということだ。

果敢に中国展開に挑戦した中小企業

完成車の生産がごっそりと日本国内から失われたことで、上記のように国内完成車メーカーに部品を供給していた中小企業は困難に陥った。こうした業界の状況のなかでも、果敢な選択で、国内に留まっていたのでは得られないチャンスを掴んだ中小企業がある。

埼玉県草加市に本社工場をもつ唐沢製作所(従業員数34人、中国泰州市と天津市に自社出資工場)は、「バンドブレーキ」という我々が一度はお世話になったタイプの後輪ブレーキを発明した老舗メーカーだ。

1920年に自転車販売・修理業で創業し、28年にバンドブレーキを開発した。さらに約半世紀後の80年にはより音鳴りの小さい「サーボブレーキ」を開発し、国内市場で好評を博した。

90年代に入り、中国大陸メーカーが同社のサーボブレーキのコピーを自社製品と詐称して日本市場に売り込んできたため、社長の唐沢英三氏(現会長)は、直ちに現地に抗議に向かった。ところが抗議の場は合弁協議の場と化し、93年にそのコピーメーカーと合弁を設立してしまった。

その後現在に至るまで「独資」(100%日本側出資)への変更、さらに再合弁化という変遷を経てきたが、中国事業は急拡大を遂げ、進出20年余りで売上げは15倍近く(日本拠点の売上比も推定約15倍)に拡大した。

同社の中国拠点は当初、拡大し始めた中国内外市場への自転車ブレーキの供給を主としていた。中国進出は日本国内の生産縮小と中国調達拡大に先んずる形となり、中国で組み立てられ日本に出荷される自転車にブレーキを供給した。

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