軍事大国ロシアが復活!?
中国への急接近と牽制、その「非対称な戦略」を読み解く

小泉 悠 プロフィール

ロシアが維持したい「消極的な勢力圏」

国家の独立と主権を維持することが軍事力の最大任務であるのは言うまでもないが、伝統的に勢力圏思想が根強いロシアは、国際法上の国境外にも自国の影響力が及ぶ範囲が広がっていると考える傾向がある。

現在のロシアについていえば、旧ソ連諸国がそのような勢力圏に相当しよう。もちろん、かつての衛星諸国のようにモスクワがあらゆることを指図するような関係はもはや不可能である。

実際、ロシアと旧ソ連諸国の関係はそのようになってはいないが、バルト三国を除く旧ソ連諸国はいずれもNATOやEUに加盟しておらず、「西側の勢力圏ではない」という消極的な意味ではロシアの勢力圏に留まっている(さらにアルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタンはロシアが主導する軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」に加盟)。

ロシアが維持したいのは、このような意味での「消極的な勢力圏」であるといえよう。

したがって、2008年に米国がウクライナとグルジアをNATOに加盟させようとしたことは、ロシアにしてみれば許しがたい勢力圏の侵犯であった。

2008年にグルジアが起こした軍事行動に対してロシアが強力な逆襲を行ったことも、2014年にウクライナ政変に対して軍事介入という手段に出たことも、旧ソ連諸国がロシアにとっての「レッドライン」であったためと見ることができる。

2015年に始まったシリア介入について、シリアが武器市場であるからとか、海軍基地が存在するからといった説明が見られるが、これらは周辺的な理由である。

そもそもカネのないシリアへの武器輸出は、イランによる資金援助やソ連時代の債務棒引きがあって初めて可能となった。シリアに武器が売れるから重要なのではなく、シリアの重要性が高いために武器を売っていたと見た方が正しい。

海軍基地についても、その実態は小規模な物資補給拠点である。たしかに重要ではあるがそれなしに地中海のプレゼンスが維持できなくなるほどのものでもない(ロシアはその後、キプロスへの艦船寄港協定を結び、2015年以降はエジプトにも急接近している)。

ロシアが恐れていたのは、「アラブの春」による体制転換の連鎖が中東の同盟国であるシリアに及ぶことであったと思われる。

さらにいえば、こうした連鎖が旧ソ連諸国に及んでいくこともロシア政府指導部の脳裏には浮かんだだろう。旧ソ連諸国では長年にわたって権威主義的な政治体制が存続している国が多く、なんらかの拍子に旧ソ連版「アラブの春」が発生する可能性は決して低くない。

実際、2000年代前半にはグルジア、ウクライナ、キルギスタンで「カラー革命」と呼ばれる体制転換の連鎖(民主化運動)が発生しており、2014年のウクライナ政変はその再来であるとする見方がロシアには非常に多い。