モハメド・アリvsアントニオ猪木 40年目の「ある真実」

猪木戦より先に浮上した、幻の構想とは
細田 マサシ

名乗りをあげた二人の日本人

そして、ここで驚くのは、アリの発言に対して、早速名乗りをあげた二人の日本人の談話を、サンスポが報じていることである。

「三億円? もし本当ならオレがやってやる。グローブつけてもかまいませんよ。場所は日本でも米国でも」

と語ったのが、なんとジャイアント馬場。

「三億円なんていらないよ。クレイが“世界で一番強い”っていってるそうじゃないか。冗談じゃないよ。あんな手袋つけて何が世界一だ。素手でやろうじゃないか、素手で」

と息巻いているのが、アントニオ猪木なのである。つまり──、

「八田一朗が書いたサンケイスポーツのコラムを読んだ猪木が、アリへの挑戦を決意した」という従来の定説は正確ではなく、

「八田一朗から話を聞いたサンスポの記者から、馬場と猪木はアリの発言を知らされた」

とするのが正しいのだ。

一見、些細なことのように思えるかもしれないが、実はここが重要な意味を持つ。

なぜなら、アリの発言に対し、猪木だけが特別な反応を示したわけではなく、馬場も十分特別な反応を示していることになるからだ。

もちろん、馬場のコメントはリップサービスに違いないが、猪木のそれも、リップサービスの域を出るものではない。

事実、猪木がこの時点で本当にやる気なら、直接八田一朗に接触し、橋渡しを頼むはずだ。しかし、当時週刊新潮の取材を受けた八田は、猪木からの打診もその関与も否定している。それどころか、前出のゴング誌で、猪木はこんな証言を残しているのだ。

カーッとなりましたね。やれるやれないは別にして、ここは一発、東洋にも勇気のある男がいるぞということをアリに思い知らせておく必要があると思ったわけです。(中略)とにかくやるやらないは問題じゃない。アリを追いまくってアリに二度と東洋人に対するビッグマウスを叩かせないというのが狙いだったわけです」(同)

この時期、猪木はジャイアント馬場に対して、しつこく挑戦を表明していた。だがこれが、実は対戦を想定しない猪木一流の挑発行為であったことは、馬場本人をはじめ、多くの人の証言によって、今日では広く知られている。つまり、このアリに対する挑戦宣言も、当初はそうだった可能性が高い。

では、なぜそこから、アリと猪木は実際に戦うことに、──それも真剣勝負の、試合を行うことになったのか。

そこで、気になる事実を、明かさねばならない。八田一朗がアリの発言を直接伝えたのは、このサンケイスポーツの記者だけではなかったのだ。