お前は大馬鹿野郎だ!「サラリーマン金太郎」を地でいく男が順風満帆のソニーを飛び出したワケ

島地勝彦×植山周一郎【第4回】
島地 勝彦 プロフィール

シマジ そのあと周ちゃんは日本に帰ってくるわけだよね。

植山 そう。意気揚々と帰ってきたら、大賀さんに「ソニーはメーカーだから、将来役員になるために工場へ行ってこい」といわれ、大崎のテレビとビデオの工場にいかされたわけね。

ぼくは大賀さんに日本に帰るなら課長職じゃないと嫌ですといっていたのね。まだ32歳だったから、どう考えても無理な話なのに、大賀さんはぼくに10人の部下をつけて課長代理にしてくれたの。そして「シュウ、なんでもいいから面白い新製品を考えろ」といわれました。要するに新製品企画課長にしてもらったわけ。

シマジ 周ちゃんはソニーでやりたい放題だったんだね。

植山 「課長、これどうですか?」とエンジニアの連中が一生懸命設計図を描いて持ってくる。ぼくは全然わからないから「よかろう」っていって全部OKしちゃう。だから物分かりがいい課長だと思われて、工場にたくさん人脈が出来た。ぼくが世に出した新製品は、テレビとビデオが一体化した「テレビデオ」というものでしたね。

ヒノ ああ、テレビデオ。うちにもありました。

植山 しばらくするとまた大賀さんに呼ばれて、「シュウ、どうだ、工場は面白いか?」と訊かれたので、「全然つまらないです。イギリスでは全部自分でやっていたけど、いまはたった1つの新製品の企画だけでまったく面白くありません」いったわけ。

すると大賀さんが「じゃあ、なにをやりたいんだ?」と訊いてきた。そこでぼくは「宣伝をやりたいです。いまの宣伝はあまりよくないと思います」と答えた。さすが大賀さんは大物でしたね。「じゃあ、お前、宣伝をやってみろ」というわけ。

そこでぼくはまた我が儘をいい出したのね。「宣伝をやるなら、部長にしてください」と。そうしたら大賀さんも困った顔をして「お前はまだ33歳だろう。いくらなんでも部長は考えられない。ソニーでは早くて44歳か45歳だ」と。

そこでぼくは「でも部長でないと、予算をどう使うかきめられないですよ」と最後のプッシュに出た。すると大賀さんも折れて「わかった。お前を次長にして宣伝部に送ってやる。部長の席は空席にしてやるから、それでどうだ」ということになり、目出度く宣伝部に異動になったわけ。

ちょうどそのころですよ、「PLAYBOY」のシマジ副編集長にあったのは。シマジさんはもう肩で風を切って歩いていました。

ヒノ シマジさんのことは置いといて、植山さんはまるで「サラリーマン金太郎」の世界を地でいく感じだったんですね。

シマジ あのころにソニーは凄かったんだよ。発展する会社はどこも博打みたいな人事をやって勝負に出るんだろうね。

植山 そうかもね。ちょうど集英社のトップがシマジさんの情熱と妄想に社運を賭けたみたいにね。

ヒノ 植山さんは宣伝部次長になってからも、やりたい放題やったんですか?

植山 そうね。ほんの2年間でしたけど、サイモン&ガーファンクルを日本に呼んで後楽園球場でコンサートをやったり、ビリー・ジョエルをテレビCMに使ったり……。面白かったですよ。

シマジ そんなに愉しかったのに、またどうしてソニーを辞めることになったの?