お前は大馬鹿野郎だ!「サラリーマン金太郎」を地でいく男が順風満帆のソニーを飛び出したワケ

島地勝彦×植山周一郎【第4回】
島地 勝彦 プロフィール

植山 いえいえ、ちゃんと支社長はいましたよ。彼の直属がぼくだったの。ソニーのラジオ、テレビ、テープレコーダー、オーディオ、ぜんぶで100品目ぐらい輸入していたから仕事は大変でした。

向こう1年くらいの毎月の売り上げ予測を全機種ごとに作るわけね。売り上げは月によってちがうから。面白いことに英国でもニッパチ(2月・8月)は売れないけど、クリスマス前はバカ売れするの。

値段もぼくが決めていました。東京に発注するのもぜんぶぼくがやっていた。現地の宣伝計画もね。それから現地のセールスマンたちに売れそうなターゲットを教えるわけ。「あそこに売り込みに行け」というふうにね。

シマジ セールスマンの連中はみんな英国人なんだよね。

植山 そうそう。やっていることは要するに営業本部長だったね。はじめの2年くらいは課長だったけど、そのあとすぐに部長になって、いわゆるセールスマネージャー、ついにはジェネラルマネージャーにまでなっちゃったんですよ。全部自分で決めていたから凄く愉しかった。

でもその代わり失敗もするわけね。あるときトリニトロンのカラーテレビを日本から輸入し過ぎちゃって、これは困ったぞということで、自ら売り込みに出かけたこともあります。

たとえばハロッズにいって、「普段はひと月50台ぐらいだけど、この際ディスカウントするから200台売ってくれないか」とか、「広告に援助金をつけるから頼みます」とかね。そういう現場の交渉事まで全部自分でやっていたんです。いま思いだしても本当に愉しかったね。

シマジ そのときはまだ20代だよね。

植山 そう26歳だったかな。

末吉 えーーっ! 考えられないです。

シマジ それを5年くらいやったの?

植山 いや、9年。

シマジ えっ! 9年もやったの!

ヒノ それはウォークマンが世に出る前のことですか。

植山 ええ、ずっと前の話です。