お前は大馬鹿野郎だ!「サラリーマン金太郎」を地でいく男が順風満帆のソニーを飛び出したワケ

島地勝彦×植山周一郎【第4回】
島地 勝彦 プロフィール

植山 いままで作った格言のなかでお客さんに人気のあるものを教えてもらえますか。

シマジ そうね。ではベスト3を発表します。

「男と女は誤解して愛し合い、理解して別れる」
「女房の目には英雄なし」
「浮気がバレると実刑はないが、時効もない」

植山 なかなか人生のシンをくった言葉ですね。これはシマジさんの体験から生まれた格言なの?

シマジ それもあるけど、「浮気云々」は、あるときわたしより20歳も年上の素敵な先輩とランチをご一緒にしたときに閃いたの。いつもとちがって凄く機嫌が悪いので「どうしたんですか?」と訊いたら、こういうんだよ。

「じつは今朝、88歳になる女房が突然、40年前の浮気でもめた話を蒸し返してきたんだよ。おれはもう名前も忘れているというのに女房はちゃんと覚えていやがったんだ。おれはすべての過去は忘却の彼方にあるというのに、女房は昨日のことのようにじくじく攻めてくる」

まあ、わたしの話はこれくらいにして、今日は周ちゃんの話を訊こうじゃないの。ロンドンに赴任してからの活躍を教えてよ。

植山 まず女房と一緒にロンドンに着いたときの肩書きは「マーケティング・アドミニストレーター」だったかな。日本でいうならマーケティング課長ってところですかね。そのころのSONY UKは小さな会社でしたから。

シマジ 当時のソニーの社員はまだ1000人くらいだったんですか。

植山 いやいや、もっといた。日本ではもう立派な大企業でしたよ。

シマジ まだ井深さんは健在だったの?

植山 井深さんが会長で、盛田さんが社長、岩間さんが専務の時代でした。それから大賀典雄さんが常務かな。幸せなことにぼくはこの4人にホントに可愛がられたんです。イギリスには盛田さんや大賀さんがしょっちゅうきてくれたし、シマジさんがどこかで書いていたように、あのころはまさに、ぼくにとっての「人生の真夏日」でしたね。

シマジ じゃあ、いってみればロンドン支社長みたいなものだね。