イギリス「EU離脱」問題、一発の“凶弾”は歴史の針路を変えるか? 国民投票直前レポート

女性国会議員殺害事件のインパクト
笠原 敏彦 プロフィール

成文憲法のないイギリスには、国民投票の法的規程もない。今回の国民投票も、あくまでキャメロン首相が2013年に降した判断に基づき、個別の法律を作って実施するものである。

日本では安倍晋三首相が憲法改正のための国民投票を目指しているが、イギリスのこれまでの国民投票は質が異なる。

イギリスの国民投票は今回で3回目。1975年のEC(欧州共同体、EUの前身)離脱問題と2011年の選挙制度改革も含め、いずれも政権が「現状維持」のお墨付きを得るために実施に踏み切ったものである。

キャメロン首相は2013年当時、ユーロ危機を背景に与党内で発言力を増した欧州懐疑派や、有権者の支持を伸ばしていた右派政党「英国独立党(UKIP)」への対策で、「2015年総選挙で保守党が勝利した場合」という前提を付けて国民投票を約束した。ある意味で、総選挙戦略の一貫として国民投票を利用したのである。

国民投票に勝てるという確信があったのだろう。しかし、その皮算用は大きく狂う。

昨年シリアなどから100万人が欧州に押し寄せた難民危機や、過激派組織「イスラム国」に忠誠を誓うイスラム系移民2、3世の若者によるパリやブリュセルでの大規模テロの発生は、離脱派の移民問題にフォーカスしたキャンペーンへの支持を後押しした。

キャメロン首相の目論見に大きな誤算が生じ、残留支持と離脱支持が拮抗する展開になったというのが経緯である。

キャメロン首相は、実施する義務のない国民投票を自らの判断で行うことを決めた。国民の意見が大きく割れるEU加盟問題で国民投票を実施することを、「成熟した民主主義」の表象と見るか、「国益」「国際益」を守るためのリーダーシップを放棄した「安易な打算」と見るかは、立ち位置によって判断の分かれるところかもしれない。

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いずれにせよ、キャメロン首相ら残留派の経済的損失に焦点を当てたキャンペーン戦術が破綻の色を濃くし、離脱派のキャンペーンが勢いを増す中で、殺害事件は起きた。

予想される残留派への同情票はいかなるインパクトを持ち得るのか。

歴史を振り返れば、第一次世界大戦勃発につながったサラエボ事件やケネディ米大統領暗殺事件など、凶弾が歴史の流れを変えた事例は少なくない。イギリスの国民投票は、歴史がいかに展開するかを目の前で目撃する場ともなりそうだ。

笠原敏彦 (かさはら・としひこ)
1959年福井市生まれ。東京外国語大学卒業。1985年毎日新聞社入社。京都支局、大阪本社特別報道部などを経て外信部へ。ロンドン特派員(1997~2002年)として欧州情勢のほか、アフガニスタン戦争やユーゴ紛争などを長期取材。ワシントン特派員(2005~2008年)としてホワイトハウス、国務省を担当し、ブッシュ大統領(当時)外遊に同行して20ヵ国を訪問。2009~2012年欧州総局長。滞英8年。現在、編集委員・紙面審査委員。著書に『ふしぎなイギリス』がある。