「旧軍人・軍属には50兆円」「民間人にはゼロ」戦後補償の差を示す、あまりに残酷な数字

戦争受忍論をご存じですか?
栗原 俊雄 プロフィール

いまだ、闘っている人たちがいる

さて、受忍論を振りかざしてきた司法だが、必ずしも被害者救済の必要がない、と言っているわけではない。「立法によって解決すべき問題」という指摘がたいていなされている。憲法には民間人戦争被害者を救済する規定がないから、それをする法律を作りなさい、ということだ。

しかし、戦後71年が過ぎ、先にみた1968年の最高裁判決で受忍論が判例として成立してから数えても50年近く過ぎた今も、そういう法律はできていない。

そして、裁判で敗れた老人たちは、今も立法を目指して活動し、「受忍論」を盾に補償を拒む国と闘っている。また、実は今も、凄惨な戦場となった沖縄戦で被害受けながら、何の補償も受けてこなかった被害者たちが、法廷で国と闘っている。

2016年3月、那覇地裁で原告敗訴。原告は福岡高裁に控訴した。地裁の原告は79人に上った。うち39人が精神科医の診断を受けたところ、実に37人が沖縄戦によりPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神的被害を受けている、と診断された。71年前に終わった戦争が、今も精神の障害として刻印されているのだ。

戦争は昔話ではない、という「常夏記者」の主張を理解してもらえただろうか。

受忍論を許していたら、原発事故など国家規模の大人災、あるいは新しい戦争で甚大な被害が出た場合、「みんなひどい目に遭ったのだから…」という司法の論理がゾンビのように立ち上がるだろう。行政はそれを都合よく使い回すだろう。

筆者の個人的見立てとしては、この先、司法が受忍論を乗り越えることはきわめて難しいだろう。実際、前述の沖縄戦国賠訴訟で那覇地裁は受忍論に触れなかった。沖縄戦の場合、一般市民を巻き込んだ地上戦があったこと、敵だけでなく日本軍が民間人への加害者になったことなど、他の戦争被害とは同列に論じられない要素があったからだろう。

いずれにしても、受忍論という冗談のような法理は葬らなければならない。悪魔払いをするのは、政治の役割である。

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