「旧軍人・軍属には50兆円」「民間人にはゼロ」戦後補償の差を示す、あまりに残酷な数字

戦争受忍論をご存じですか?
栗原 俊雄 プロフィール

「黒い画期」

以下、その一例を読んで頂きたい。「戦争被害受忍論」(受忍論)について、である。これは「戦争でみんなひどいめに遭った。だからみんなでがまんしなければならない」という法理論である。

第二次世界大戦では、日本人だけでおよそ310万人が死んだ。生き残っても、甚大な被害を受けた人たちはたくさんいた。たとえば空襲被災者。ソ連によってシベリアに抑留された人。海外で営々と築いた財産が無くなってしまった引揚者ら。

大日本帝国の戦争は自然災害ではない。国策であった。当然ながら、国家がその補償をしなければならない。帝国は敗戦で瓦解したから、賠償する責任は帝国の後継である日本国政府にある。ところが、その政府は補償に後ろ向きだった。被害者たちは司法に訴えた。

最初に動いたのは、カナダ政府によって財産を接収された日本人の元移民である。1960年、日本政府に補償を求めて東京地裁に提訴した。判決は1963年年2月25日に下され、原告が敗訴した。判決文には、「原告等の日本国民の在外財産喪失による損失の実質的原因は、(中略)日本国の戦争遂行及び敗戦と言う事実自体に在ると言わざるを得ない。その意味では、原告らの損害は、今次の大戦により一般国民が強いられなければならなかった犠牲と何ら異なる所はない」とある。

つまり「元移民が財産を失ったのは、政府が戦争をして、それに負けたことが原因である。その意味では、財産を失った原告たちの被害は、他の戦争被害者と同じ」ということだ。他の犠牲者に補償していないのだから、元移民にする必要もない、という結論に結びつく内容であった。

原告は控訴したが、東京高裁でも敗訴(1965年1月20日)。最高裁に持ち込まれた。判決は1968年11月27日である。筆者はこの判決を、戦後補償史における「黒い画期」とみている。

判決文によれば、「戦争中から戦後占領時代にかけての国の存亡にかかわる非常事態にあっては、国民すべてが、多かれ少なかれ、その生命・身体・財産の犠牲を堪え忍ぶべく余儀なくされていたのであって、これらの犠牲は、いずれも、戦争犠牲または戦争損害として、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであ」った。

そして原告が戦争によって在外資産を失ったことも「一種の戦争損害として、これに対する補償は、憲法の全く予想しないところであるというべきである」とした。

さらに「在外資産の喪失による損害も、敗戦という事実に基づいて生じた一種の戦争損害とみるほかはないのである。これは要するに、このような戦争損害は、他の種々の戦争損害と同様、多かれ少なかれ、国民のひとしく堪え忍ばなければならないやむを得ない犠牲なのであって、その補償のごときは、先に説示したように、(筆者注、財産権を規定した)憲法29条3項の全く予想しないところで、同条項の適用の余地のない問題といわなけばならない」と断じた。

無生物である憲法が何事かを予想するわけがない。その無生物から何事かを読み取り、社会正義を追求するのが裁判官の仕事ではないのか。