“史上最強の男”モハメド・アリ「本当の素顔」~差別に立ち向かい、難病と闘い続けた「反骨の人生」を語ろう

週刊現代 プロフィール

二宮 「俺にはベトコンと戦う理由がない。奴らは俺を、ニガーとは呼ばなかった」。すごい言葉です。米国社会という強大な敵を相手に、まさに「蝶のように舞い、蜂のように刺す」ようにスタイリッシュに戦った。アリは「民衆の英雄」と呼ばれましたが、社会そのものが彼のリングだったように思います。

内藤 俺の基地時代の友達にも、ベトナムに行って死んだ奴がいます。そうやって、苦しんでいる人間がたくさんいて、でも、ひとりひとりの声は小さくて、どうしていいのかわからない。そこにアリが、自ら声を上げた。生身の体で、アメリカの世論を、そして世界を巻き込んでいった。やっぱり、アリにしかできないことだったと思います。

二宮 晩年は、パーキンソン病にかかり、長いこと思うようにメッセージを発することができなかったのが気の毒でした。

津江 そんななかでも、'96年のアトランタ五輪の聖火リレーに参加し、震える手で聖火台に点火したシーンは見ていて涙が出ました。

「ああ、この人はまだ闘っているんだ」と。

二宮 かつて「世界最強」とまで言われた男が、衰えた姿を人目に晒すのは、相当な覚悟がいったはずです。それでも、彼はそのままの姿を晒すことで、自らの思いを伝え、人々の心に訴えかけようとした。難病に伏してもなお、アリはアリでした。

内藤 アリがいなければ、俺の人生は間違いなくまったく違うものになっていた。彼の名前を冠した「カシアスジム」の名を、決して絶やしてはならないと思っています。

津江 キンシャサでフォアマンに挑み、戦争に挑み、人種差別に挑み、晩年はパーキンソン病と闘った。リングの中でも外でも、強大な敵を相手に決して諦めず、闘い抜いた生涯。まさに「ザ・グレイテスト」でした。彼と同じ時代に生まれ、その勇気を目の当たりにできた我々は、本当に幸せだったのでしょう。

「週刊現代」2016年6月25日号より