“史上最強の男”モハメド・アリ「本当の素顔」~差別に立ち向かい、難病と闘い続けた「反骨の人生」を語ろう

週刊現代 プロフィール

内藤 猪木さんもアリも勝ちに徹したんですよ。お互いの持ち味を出したからこそ、ふたりは交わらなかった。ボクシングとプロレス、二つの競技の王者同士の、プライドのせめぎあいでした。

津江 強い選手はたくさんいます。そのなかで、アリを「ザ・グレイテスト」たらしめたのはやはり、リング外での闘いでしょう。人種差別とベトナム戦争という、当時のアメリカが抱える2つの大きな闇に、真っ向から立ち向かっていった。

二宮 彼は、'60年のローマ五輪で金メダルをとる。18歳の若さでした。一躍ヒーローになり、メダルを本当に大事に持って帰国した。そして、「祖国を背負って勝ったのだから」と、意気揚々と白人専用のレストランに入店しようとして、追い出される。哀しみと怒りで、帰り道に大切な金メダルを川に投げ捨ててしまう。彼の、人種差別に対する長い闘いは、そこから始まったといってもいい。

内藤 当時は、俺がいた日本の基地の中でさえ、人種差別ははっきりとあった時代。クラブに行って食事をするときでも、大方は黒人兵だけ、白人兵だけという風に分かれていた。アメリカ本土でアリが味わった屈辱は、言葉では言い表せない程のものだったと思います。

津江 アリはよく、大きなことを言うので、「ホラ吹き」などと言われましたが、常に有言実行の人でした。彼の大言壮語は、あくまで巨大な壁に挑む自分自身を鼓舞し、見る人を巻き込むための道具に過ぎなかった。