“史上最強の男”モハメド・アリ「本当の素顔」~差別に立ち向かい、難病と闘い続けた「反骨の人生」を語ろう

週刊現代 プロフィール

二宮 彼はヘビー級の概念さえ変えてしまった。一度下した前王者のソニー・リストンに挑まれた初防衛戦なんて、おおげさではなく指一本触れさせずに初回の2分12秒でTKO勝ち。まさに「蝶のように舞い、蜂のように刺した」。アリの試合は芸術作品です。

津江 軽快かつ華麗なアリのスタイルは、ポスト・アリと目されたミドル級のシュガー・レイ・レナードをはじめ、後の多くのボクサーに、大きな影響を与えました。

内藤 実は俺、会わせてもらったときにスパーリングをしたんです。一応、高校の時から速さがウリで、スピードでは敵なしだったんで、「うまく動けば大丈夫だろうな」って、甘い考えがあった。そしたら、アリのパンチは「ビュッ、ビュッ」とすごい速さ。あっという間に追いつめられて、どこにも逃げ場がない。俺は全盛期だったのに、あんなに簡単に手元も逃げ場も塞がれて、何もできなかった。あの絶望感は今でも忘れられないよ。

津江 ヘビー級といえば、マイク・タイソンの全盛期も相当強かったけれど、彼はパワーで押すスタイルを変えることができなかった。でも、アリは、もしタイソンとやるんだったらタイソンを倒すスタイルをとるし、ロッキー・マルシアノとやるんだったらマルシアノに勝つためのスタイルを取ったはずです。柔軟性、頭の良さはずば抜けていた。

二宮 クレイと名乗っていた時とアリの時とでは戦い方がまるで違う。圧倒的なスピードでリングを支配したクレイと経験と知恵を駆使したアリはどちらが強かったか。彼には全盛期が2回あると思っています。

パーキンソン病との闘い

内藤 実際は、すごく心の優しい人だったんだと思います。会った時に握手をしたんだけど、俺の手をふわっと包み込んだ手が、すごく柔らかくて。どこの馬の骨とも分からないガキに対して偉ぶることもなく、ひとりのボクサーとして対等に接してくれた。「そうか、本当に強い人っていうのは、優しいんだ。人間って、こうでなくっちゃいけないんだ」と思ったのを、いまも覚えています。

二宮 もうひとつ、アリの人間的にすごいところといえば、どこでも誰とでも戦ったことでしょう。それがフォアマンとの「キンシャサの奇跡」でありジョー・フレージャーとの「スリラー・イン・マニラ」だった。私はタイソンの最大瞬間風速はすごかったと思う。しかし、彼にはこれといったライバルがいなかった。一方のアリにはフレージャー、フォアマン、ノートンら多くのライバルがいて物語がありました。

津江 「世紀の凡戦」として語られがちな'76年のアントニオ猪木との闘いも、よくぞ猪木側の挑戦を受けたと思います。

二宮 あの時、僕は高校生でしたけど、テレビで見ていて正直、「ああ、つまんねえ試合だなあ」と思いました(笑)。でも、あの試合にはいわく言いがたい緊張感が漂っていた。翌日、どの評論家もボロクソに叩いていたんだけど、作家の野坂昭如さんだけが、「あれは真剣勝負だからこそ、お互い何もできなかったんだ」と書いていた。なるほど、と思いましたね。あの緊張感は、剣豪同士が長い時間、ジリジリと間合いを図っているのと同じだ、と。真剣勝負だからこそあんな試合になったんでしょう。