“史上最強の男”モハメド・アリ「本当の素顔」~差別に立ち向かい、難病と闘い続けた「反骨の人生」を語ろう

週刊現代 プロフィール

津江 内藤さんは、アリのボクシングをカシアス時代からずっと見てらっしゃったのですか。

内藤 俺は、父がアメリカ軍人だったので、横浜の基地にいたんです。基地の中で、映像とか雑誌とかで、カシアスのことをたくさん見ていて、すごく憧れていた。

「もし使えるなら、俺もこの名前で出たい」と思うようになり、「あなたの名前をリングネームにしていいですか」と、お願いしたのです。

類まれなる天才

二宮 アリといえば、やはり'74年10月、当時の世界ヘビー級王者ジョージ・フォアマンに「肉を切らせて骨を断つ」奇策で挑んだ「キンシャサの奇跡」が思い出されます。

津江 当時のフォアマンは、「最強のハードパンチャー」と呼ばれ、まさに登り調子。対するアリは全盛期を過ぎていた。誰もが皆、アリが間違いなくKO負けすると思っていました。

二宮 実際、フォアマンからボディにめり込むようなパンチをボッコンボッコン浴びせられてね。テレビで見ていても痛々しかった。

津江 世間の関心は、あのアリがいつ倒れるかというところにありました。でも、第5ラウンドぐらいから、だんだん風向きが変わってきた。それまで打ちに打ちまくっていたフォアマンに疲れが見え、明らかに動きにキレがなくなってきた。

二宮 そして、第8ラウンド終了間際、ガードを解いたアリは目にもとまらぬワンツーでフォアマンをマットに沈めた。大番狂わせでした。

「アリが勝つには、距離をとって一発を狙うしかない」と言われていたのに、真逆の戦法。誰も予想していない戦い方でした。

内藤 後になって、フォアマンを疲れさせるために敢えて打たせていたことがわかるんだけど、普通、あんな戦術とてもできませんよ。いくらボクサーといえど、打たれるのは怖い。相手が、あのフォアマンとあればなおさらです。僕がセコンドだったとしても、距離を取って間合いを測るように指示をしますね。

二宮 アリは、この7ヵ月前、フォアマンが、アリの顎を割ったことで有名なケン・ノートンをぶっ倒したカラカス(ベネズエラ)での試合のリングサイドにいた。試合後、「5回までもつれ込んでいればノートンが勝っていた」と言っているんです。すでにフォアマンのスタミナ不足を見抜いていた。今にして思えば、これは予言です。

津江 われわれ、スポーツ記者の反省として、「奇跡」とか「天才」などという言葉を軽々しく使ってしまうのですが、キンシャサでの勝利は紛うことなき奇跡だし、アリは、類まれなる天才でした。