トイレで連れション中に人事発令!? ソニーのトップシークレットを知り尽くした新人時代の特異な体験談

島地勝彦×植山周一郎【第3回】
島地 勝彦 プロフィール

ヒノ そのときはドイツ語でやったんですか。

植山 ほとんどドイツ語でやって、英語で補足しました。ぼくのドイツ語もフランス語も、語彙は貧困なんだけど発音はネイティブ並みらしく、「こいつ、わかるんだ」と錯覚されてベラベラ話しかけてくるんです。だから必死にドイツ語を勉強しました。

シマジ 周ちゃんは耳がいいんだね。

植山 そして1年後、結果、世界一周をして帰ってきました。往きのルートはこうです。横浜らナホトカまで船で行って、シベリア鉄道でハバロフスクへ。そこからアエロフロートでモスクワに行き、今度は汽車でレニングラードに出て、また汽車を乗り継いでヘルシンキへ。そこから船でコペンハーゲンまで行き、オランダに出て、最後にドイツに着いた。

シマジ そしてドイツで1年間働いた後、どういう経路で日本に帰ってきたの? その当時、世界一周をやる日本人なんてそうそういなかったよね。

植山 あのころはまだ1ドル=360円でしたから、そんな悪条件で世界一周する人は珍しかったですね。しかも学生でしたからね。

せっかくだから帰りは逆回りで帰国しようと思って、まずルクセンブルグへ出た。そこから飛行機に乗って、アイスランドのレイキャビク経由でニューヨークに行き、むかし留学していたサンドイッチにも“里帰り”してきましたよ。

カナダにペンフレンドのお姉ちゃんが住んでいたのでエドモントンに寄り、そこからバンクーバーへ行って、さらにハワイにも立ち寄り、ようやく東京に帰ってきた。そういう世界一周をやったの。

シマジ まるで現代版マルコポーロだね。

植山 サンドイッチにいたころはもっと大変でしたよ。総額500ドルしか持ち出せない時代でしたからね。そう、たしか18万円でした。親父がぼくにくれたんですよ。

シマジ その当時の18万円は、いまの価値にすると180万円ぐらいでしょうかね。

植山 そうですね。大学出の初任給が2万円くらいだったかな。いまが20万円だとしたらそれくらいになりますね。

それでドイツから帰ってきて、4年生に復学しました。そしたら突然、ひどい下血があったの。トイレでビャッと大量の鮮血が出たわけ。さすがにビックリして、すぐ聖路加病院に行って検査してもらったら、医者が「おできが出来ているからバッサリ切りましょう」っていうわけ。

シマジ イボ痔だったの?