ヘビー級で世界と戦った男が明かす、K-1の過酷さと「舞台裏」【最強さん、いらっしゃい!第二回】佐竹雅昭・後編

細田 マサシ

誰が一番強かったかって?

佐竹 最強って一般的に「強い弱い」とか「誰それに勝った」とか「チャンピオンになった」とかっていう物差しで見るでしょう。僕はそうじゃないと思うんです。だって、それって、さっきも言ったように一過性のものだから。その瞬間だけ最強でも、数年後はそうじゃなかったら、それは最強とはいわないでしょう、というのが僕の考え。

──確かに永遠のものではないです。
佐竹 最強っていうくらいだから、人生という長いスパンで見るべきだと思うんですね。そこで思うのは「生きてる限り、どんなところに行っても、いつでも、ワクワクできるものを持つ」これが僕の最強の定義なんです。

──すごい! 確かにそれは最強ですね。
佐竹 「最強とは、過去の栄光にこだわらず、いつも、今をよくしていく」……じゃないかなあと。ワクワクって最強ですよ。実際に「こんなことをやってみたいなあ」「こういうことが実現したらいいなあ」それが、「すごいチャンスが舞い込んできそうだ」「明日商談がまとまりそうだ」それってすべてワクワクでしょう。

まあ、今で言えば『ワンピース』なんだけど、でも、これ講談社のお仕事なんで、じゃあ『FAIRY TAIL』かなあ(笑)。是非読んでほしいですよ、本当に。心のネジを巻くのは、ワクワクしかないんだってことが伝わると思います。

──なるほど。ちなみに、K-1から離れた後、PRIDEに参戦しましたよね。それもある意味のワクワクだったんですか?
佐竹 もちろんそれもあったけど、それより大きい理由があった。というのも、僕は自分の道場をすでに持っていたしね。それで引退したあと、生徒さん集めて格闘技を教えることになるだろうという想像はするでしょう。でも、そのときに、「先生、なんでPRIDE出なかったんですか」「なんで寝技できないんですか」とは言われたくないなって。

──ははあ!
佐竹 だってあの時期のPRIDEて、本当の世界最高峰だったでしょ。コールマンみたいなアマチュアレスリングのトップから、ノゲイラみたいな柔術家。ヒョードル、ミルコ…もうトップ中のトップが集まっていた。もちろんK-1も凄かったですよ。立ち技格闘技の中では世界一だったと思う。そしたらその次に総合格闘技の世界最高があるんなら、無視できないですよ。さらにそこからオファーが来たんなら、これはもう断るわけないですよねえ。

──かっこいい!
佐竹 だから、あの時期はいろんな選手に負けているでしょう。でも、これは絶対「後々必要になってくる」「経験が活きてくる」という想いがあった。事実、それで謙虚になれたしね。

──佐竹さん自身がですか?
佐竹 いや、もっと言うと、あのまま空手ルールでずっと試合をしていたら、謙虚さなんかなかっただろうね。顔面アリのK-1に足を踏み入れたから、そこで学べたし謙虚になれた。それで寝技アリの総合格闘技もやったから、やっぱりまた謙虚なれた。だって、PRIDEに出ていた頃、高田道場に出稽古行っててね。桜庭とも何度も練習したけど、本当に強いのよ。

──やっぱりそうでしょうね。
佐竹 全盛期の彼は本当に強い。タックルにスッと入ってすぐ転がされるんだけど、極めがとにかく強いわ。ああいうのを経験しているのと、していないのとでは全然違ってくるでしょう。だから知らない世界を知ると謙虚になれるのよ。そこはみんな知っておいてほしい。

──では、今まで戦った選手の中で一番強かったのは誰ですか?
佐竹 それはねえ……もちろん、アーツも、ベルナルドも、みんな強かった。コールマンも強かった。でもねえ……10代のときに出た空手の大会の一回戦で戦った子も強かった。いや、本気で向かってくるわけだから、本当に彼らは強かったんだよ。だから、そういう意味も含めて、戦った選手はみんな強かったとしか言えないし、言ってはいけないと思う。

──素晴らしい話です。
佐竹 実際そうなんですよね。その時々に出会った相手に、敬意を払い、決してうぬぼれないこと。それも、最強であるためのひとつの条件じゃないかな。それにね、戦っているのは、今だけではないんでね。

──どういうことでしょう?
佐竹 40代、50代……しんどい年齢なんですよ。同年代のビジネスマンの方もそう思っているはず。でも、今はまだ立ち止まらずに、後の世代に背中を見せながら動き続ける時期なんですね。そして、それこそが本当の「運動」でもあるわけです。「運を動かす」で「運動」。だから運を掴むには、まだ立ち止まれない。そう肝に銘じて踏ん張ります。僕の戦いはまだまだこれからですよ!

平成武師道公式サイトhttp://heisei-bushido.jp/

細田マサシ 放送作家。71年生まれ、鳥取県出身。CS放送『サムライTV』でキャスターをつとめたのち放送作家に転身。担当番組は『5時に夢中!』(東京MX)。主な著書に『坂本龍馬はいなかった』(彩図社刊)。現在メールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』で『格闘技を創った男~プロモーター野口修評伝~』を連載中