こんな体位、ありえない!? 江戸庶民が愛した「豆判春画」、その奥深き世界

なんと大らかな性風俗
浅野 秀剛

誰が描いたのか。それが難問

しかし、それらはすべて私家版で、春画的なものを題材にしているということを除けば普通の大小と形式に違いはない。ただし、細工物の大小、つまり、上の紙をめくると交接場面が現れるといった趣向のものが多いのが特徴といってよいかもしれない。大小は私家版であるから小型のものが大半である。

マラ曳き…互いの首に網をつけて曳き、力比べをする首曳きというのがあるが、これはマラ曳き

その私家版の大小を見て、版元が、春画の大小を作って販売することを考えたのであろう。その証拠に文化期の豆判春画は大半が大小入りなのである。換言すれば、版元が、正月の配り物用として、春画の大小を制作・販売したことになる。

その後、大小入りのものが少なくなり、正月用の賞玩物として豆判春画が盛行したことは、本書をご覧になればお分かりいただけると思う。

それでは、豆判春画はどのくらい制作されたのであろうか。白状すると、私を含め、豆判春画についての論文は誰も書いていない。そして、おそらく誰も数えたことはないであろう。したがって分からない。

しかし、和気満堂コレクションだけで1400を超える数があるので、控えめに、文化期から幕末までの50年間に毎年平均6セットずつ制作されたとすれば計300セット、そして1セット平均12枚含まれるとすると3600枚制作されたことになる。現段階では、そういう目安を提示することしかできない。

それでは、それらを誰が描いたのであろうか。それも難問である。

確かなことは、ほとんどが江戸の浮世絵師と推定されることである。残念ながら、非合法の出版物であるので、版元や絵師の情報はほとんどない。それでも、様式上、江戸の浮世絵師が下絵を描いていることは分かる。