新井浩文、ピエール瀧、吉田鋼太郎…いま気になる名脇役の涙の「下積み時代」

テレビを面白くする「いぶし銀」
週刊現代 プロフィール

「でも3年生が出る高校総体が終わるまではキャプテンとして部活を続けました。あんな感じなのに責任感のある人なんですよね。中退後は、地元でアルバイトをしていましたが、それも上京するためのおカネを貯めていたんじゃないかな。

俳優として活躍されるようになってからも、昔のままですね。今でもたまに連絡を取り合いますが、私のことをあだ名で呼んでくれます。裏表がなく、淡々としているというか、他人に媚びたりしないし、無理に人に合わせたり、必要以上にカッコつけようともしない。それがまた魅力なんです」

ピエール瀧

石野卓球とテクノバンド「電気グルーヴ」を結成し、一世を風靡したピエール瀧(49歳)。若い頃は破天荒な言動でお茶の間を騒がせたが、近年では朝ドラ『あまちゃん』('13年)や大河ドラマ『龍馬伝』('10年)などに出演し、名脇役としての地位を固めつつある。

現在放送中の『とと姉ちゃん』でも、主人公一家が身を寄せる仕出し屋の主人兼板前に扮し「いい味を出している」と視聴者からも評判だ。

'91年に電気グルーヴとしてデビュー。シングル『Shangri‐La』がヒットし、一躍人気者になったピエールだが、実はそこに至るまでにはこんな下積み時代があった。

静岡県の高校を卒業後、臨床検査技師を目指し、専門学校に入学し上京する。ところが、学校に行かずゲームばかりやっていたため退学。と同時に電気グルーヴの前身バンドである「人生」も解散してしまう。

その後、22歳の頃に映像の制作会社に勤務するのだが、「この時が人生で一番辛かった」とピエールは語っている。

「それまでのダラダラやっていたゆるいバイトと違い、制作の現場は毎日が鉄火場だった。一番の下っ端だったので弁当の手配、ロケの準備、会議の書記などありとあらゆる雑用が回ってきた。

おまけに自分は制作に関してまったくの素人。明らかに足手まといで、精神的に追い詰められることもあり、ボロボロになって自宅のアパートに泣き帰り、翌日彼女に説得されてようやく仕事に向かうような日々がしばらく続いた」(東京新聞での連載より)

だが、この経験がのちに役立ち、電気グルーヴの映像制作などを手がけるようになる。

'97年には俳優としてデビュー。デビュー作『ハッピーピープル』を手がけた鈴木浩介監督が語る。

「僕と瀧の付き合いは20数年前にテレビ東京で放送されていた『モグラネグラ』という深夜バラエティでした。石野卓球と瀧が裸になり、写生大会をするなんて企画もやった(笑)。

当時から瀧は変な奴でしたね。ミュージシャンと言いながらほとんど歌っていないし、楽器も弾いてない。でも着ぐるみを着たりして、場を盛り上げる。場の空気をつくるのに長けていた。佇まいが最高で、普通の役者にはない不思議な空気を出せるのが彼のすごさですね」