短歌は日本人にとって怨霊か、幸福か~石川啄木と折口信夫の対照的な短歌観

中島 丈博 プロフィール

対照的であり相通ずる詩作

短歌繋がりではたと思い出したのは、友人から借りたままになっていた富岡多惠子著『釋迢空ノート』で、書斎の隅に重ね置いてあったのを引っ張り出した。

釋迢空(しゃくちょうくう)は折口信夫が23歳の頃から使い始めた戒名ともつかぬ筆名で、

〈釋迢空も折口信夫も、両性具有者のごとくそれぞれが両者を所有し、またそれぞれが入れ子になっているところがこの人の幸でもあり不幸でもあった〉。

啄木が没した明治45年は迢空25歳。34歳のときの短歌誌の後記に「啄木の影響は、考へて見ると、非常なものであつた」と明かされてあるし、「歌の滅亡」を口にしながらも、

〈「昔風な」「生活気分の」なかで遊芸のように身に付いてきた歌はすでに滅んだとの認識〉は、むしろ〈同時代の文学としての「歌」、少なくともその可能性を夢想させる「短歌」に出会ったからではないのか。たとえば啄木―〉と著者も触れているのだが、「歌といふ詩形を持つてるといふことは、我々日本人の少ししか持たない幸福のうちの一つだ」(明治43年)と短歌への愛を語る啄木と、「短歌といふものは、日本人につきまとつてゐる怨霊といふやうなものである」(昭和24年)と呪者めく迢空。同時代の生まれとは言いつつも、両者の詠む歌の位相の隔たりは歴然としている。

 岩かげに玉はく清水君が手ゆたゞにのみてば命死ぬとも

ほとんど古典の相聞歌(そうもんか)と見まがうほどに雅趣を漂わせながらもどこやら佶屈(きっくつ)して、啄木の歌の率直な分かり易さを寄せ付けない。

折口の〈研究・芸術・人生のすべてにおいて、顕示と隠蔽はより巧緻、より強靭に機能して〉いると言われている通り、まるで複雑怪奇な刺繍だらけの魔女の裲襠(うちかけ)のように顕示と隠蔽が幾重にも織りなし絡み合う釋迢空の混沌を、著者は鋭い直感と精密な推理で、項目ごとに1から10までのノートを配置して解きほぐし、虚構と真実を腑分けしてみせるのである。

本書全体に立ち籠める大阪的物言いと気分が関西生まれの私には快く、読み応えのある一編だった。

書店で買い込んだ数冊の中には筒井康隆著の『モナドの領域』もあって、これを読み進める。

冒頭の、河川敷で発見された女の片腕事件から、ベーカリーに雇われたバイトの美大生がその片腕そっくりのバゲットを焼くという展開でググッと引き込まれ、店の顧客の結野(ゆいの)教授が新聞のコラムで取り上げたことで大評判となり、女の片腕バゲットが売れまくるというところまでは奇想天外で面白かったけれども、話の中心が結野教授に移って、その神がかり的言動と蘊蓄が始まってくると、だんだんに求心力が失われて行くように思う。

前二作の評伝に較べるとフィクションで読者を搦め取るのは難しいと、いたく思わされたこの読書日記の締めくくりということになった。

『週刊現代』2016年6月11日号より