「ならず者」に惹かれる作家・永瀬隼介さんが選ぶ「人生最高の10冊」~「足で稼ぐ」書き手になりたくて

理解できない存在と向きあい続ける執念

警察小説の名手、永瀬隼介さん

その後、私は雑誌記者になり、事件取材を重ねることになったのですが、書き手として、いつも『冷血』を意識せざるをえませんでした。カポーティの凄さを痛感したのは『19歳の結末 一家4人惨殺事件』(祝康成名義、『19歳』と改題され角川文庫より出版)を執筆した時です。

『19歳』は、'92年に千葉県市川市で家族4人が惨殺された事件の加害者少年を取材したノンフィクションです。当時19歳で死刑判決を受けた少年とは何度も手紙をやり取りし、面会を重ねました。それでも、彼の心の奥底には迫りきれなかったと感じます。

理解できない存在と向きあい続けるうち、自分の精神が壊れていく。そのことを、私ですら実感しました。

精神的に追い詰められ、取材の帰りに駅のホームで昏倒して顎の骨を折ったこともあります。ですが『冷血』でカポーティは、加害者である若者の育った境遇に、憐憫や同情さえ抱いている。凄惨な殺人を犯した犯罪者の精神に寄り添うことで、どれだけ消耗したか。本書の後、カポーティが一作も書くことができなかったのも分かる気がします。

3位の『ジャッカルの日』は読み始めたら止まらない、究極の徹夜本です。実際のフランスのドゴール大統領暗殺計画を下敷きに、イギリス人の殺し屋・ジャッカルと警察との闘いを描いたエンタメです。

ドゴールの運命は周知の事実なのに、ハラハラとした緊張感を持って読んでしまう。私は『ゴルゴ13』の原作を何作か手がけたのですが、現実の社会情勢に、虚構の物語を入れ込む巧緻はかなり参考にしています。

それにしても10冊を選ぶのは過酷な作業ですね(笑)。同じ作家の作品の中でも、1冊選ぶのは大変です。

大好きな吉村昭さんの作品の中から『破獄』を選んだのは、脱獄犯が堅牢な刑務所をどう抜け出すのかという密室ミステリ的な面白さと、戦前から戦後にかけ、国家がいかに囚人を扱ったかという社会問題が巧みに構成されているからです。

吉村さんも、他に選んだ開高健さんや桐野夏生さんも、実際に現場を訪れ、法廷などにも足を運んで取材されています。

サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』は、300年以上、解けなかった数学の難問を、天才たちがいかにして解いたのかという、一見、難解そうなテーマでありながら分かりやすく、素人でも楽しめる。これも、徹底した取材で当事者に当たり、問題の本質を捉えているからでしょう。

一流の書き手は、何が本物なのかと目をこらし、取材の労を惜しまない。他にも尊敬する作家は挙げきれませんが、「足で稼ぐ」人を信頼していますし、自分も書き手としてそうありたいと考えています。

(構成/伊藤達也)

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ながせ・しゅんすけ/'60年鹿児島県生まれ。週刊誌記者を経てジャーナリストとして独立。ノンフィクション作品を発表しつつ小説家としても活躍する。著書に『閃光』『悔いてのち』『総理に告ぐ』など