日本人を苦しめる「一億総ランキング社会」という病

下り坂のこの国で大らかに生きるには?
週刊現代 プロフィール

平田 スキーはもちろんひとつの比喩ですが、他にも男女の出会いの場でもあった、街の古本屋さんや喫茶店やライブハウスといった場所が、どんどんなくなっています。その一方で、自治体が慣れない婚活パーティを開く。そもそも「婚活パーティです」と言われた時点で、若者は行きたくないのに。

内田 恋愛は「何だか面白そうな人だな」「もう一度会って、もっと話したいな」という漠然とした直感に導かれて始まるものです。学歴だの身長だの年収だのというデータで探すものじゃない。

平田 それに、昔は学校をサボって雀荘に入り浸ったり、タバコを吸っている不良の高校生が進学校にも必ずいたものですが、今は皆無です。不良文化がかっこいいという意識もありません。

地方では、高校も普通科・工業科・商業科と偏差値できれいに輪切りになっていますから、「お嬢様が不良に恋をする」ということも起こり得ない。

内田 昔の高校生がすぐに不良っぽくふるまったのは、端的にその方が「もてた」からです。お坊ちゃんも不良少女に恋をした。そういう階層間交流の感情があったんですよね。それが、「平等な社会」という雰囲気にも多少は貢献していたと思います。

不満ばかりを抱かずに

平田 「下り坂をそろそろと下る」というのは、要するに「下り坂を大らかな気持ちで下る」という意味なんです。サボったり迷ったり、時には人生を棒に振るかもしれないけれど、バカなことをやってみる。そういう人を、世の中のほうも切り捨てちゃいけません。

人口減少、待機児童、地方創生、大学入試改革…。日本が直面する重大問題の「本質」に迫り、あらためて日本人のあり方について論考した快著!
>> Amazonはこちら
>> 楽天はこちら

内田 今の日本で求められているのは、そういう大らかな人生経験とは正反対の、精密な「査定」です。野心や才能がある若者ほど、「自分の能力がどれくらいの市場価値を持っているのか」「オレは同学年で何位か」を知りたがる。

これは、社会全体が「格付けの高い人には多くの報酬を与え、低い人には何も与えない」のがフェアだと信じ込んでいるせいです。この「格付けに基づく資源分配主義」は、もはや信仰です。

平田 私も日本人ですから、特に外国と比べれば、やっぱり日本は安全で住みやすい国だと思います。だから、日本がイヤだということではなくて、むしろ「日本はいい国なのに、なぜ最近の日本人はこんなにたくさん不満を抱くようになったんだろう」と不思議なんです。

それはやはり「無理やりにでも経済成長しなければいけない」とか、「誰かが得をしているときは、自分は損をしている」といった強迫観念が染みついているからでしょう。そこから逃れる術を見つけなければなりません。

下り坂を下るのは、確かに辛いことかもしれない。でも、下り坂から眺める風景にも「坂の上の雲」とは違った味わいがあると、私は思います。

「週刊現代」2016年6月4日号より