天才・南方熊楠が見ていたもの~彼は日本版ダ・ヴィンチか

18か国語を話す、超人的な知性
中沢 新一

粘菌は、森の中の湿った場所で暮らしていて、周囲の環境がいいとアメーバのような姿になって移動し、環境が悪くなると植物のように根を張って胞子を飛ばし繁殖する。いわば、動物と植物の中間のような生き物です。

熊楠は、粘菌の中に「生命の本質」がひそんでいると考えました。粘菌という生物は、動物的でもあり植物的でもある。さらには、生きているのか死んでいるのかさえも定かではない。ここに熊楠は、先ほど言った「相即相入」—つまり、動物と植物、生と死が渾然一体となっているという、生命の哲学的な本質が現れているのではないか、と考えたのです。

私たちが暮らしている近代文明は「ロゴス」、つまり、言葉で言い表すことのできる論理によって動いています。ロゴスの論理においては、生と死は決して重なり合わないし、動物と植物は別の生き物です。ロゴスは言葉を順番にたどっていけば、必ず理解できる。「整理」や「秩序」の論理と言ってもよいでしょう。

しかし、仏教や古代ギリシャの思想には、もうひとつ「レンマ」の論理というものがありました。言葉では世界の本質はとらえきれない。世界は多次元的に複雑に動いているのだから、時間軸に沿って整理するのではなく、直感的に、全体を一気に把握する必要がある。これがレンマの論理です。「悟り」と言ったほうが分かりやすいかもしれませんね。

どんな地位も求めなかった

熊楠は那智の滝の近くで画期的理論を見出した〔PHOTO〕gettyimages

イギリス留学から戻った熊楠は、那智の山中に3年間こもって粘菌の研究に没頭しました。その時期に書かれた書簡には、このレンマの論理が爆発するように噴出し、書き記されています。私はこのときの熊楠の思考こそ、近代日本における最も天才的で、画期的な思考だったと思います。

今でも科学はロゴスにもとづいていますが、実は量子力学や宇宙論、脳科学といった最先端の分野では、ロゴスだけではうまくいかないということが分かってきています。熊楠は、熊野の山中にたった一人でこもっていたにもかかわらず、その事実に気付いていたのです。彼以外まだ、世界中で誰も、このことに気付いた人はいなかった。これは現代社会を生きる私たちにとっても、とてつもなく大きな知的遺産です。

熊楠は1929年、生物学を学んでいた若かりし頃の昭和天皇に進講し、粘菌について講義をしています。彼は指名を受けたことをとても光栄に思い、フロックコートを仕立て直して、万全の準備を整えて臨みました。