EU離脱か残留か、近づく審判の日
〜イギリスはなぜ「自傷行為」に向かうのか?

高まる反EU感情の由来
笠原 敏彦 プロフィール

キャメロン首相は2010年の政権発足時に移民の規模を「年間数万人」に押さえると約束したが、昨年の純移民増は36万人にも及ぶ。桁外れの公約違反である。

欧州移民の急増は、反EU派のイギリス国民にとって、国境管理という主権をEUに移譲したことに伴う「国家の無力さ」「将来への不安」を身近に感じさせる事態なのである。

イギリスと大陸欧州の断層

とは言っても、これは反EU感情を引き起こしている現象面のエピソードに過ぎない。イギリスの対欧州関係を考える際、より重要なのは、イギリスと大陸欧州を分断する精神的なフォルトライン(断層線)の深さである。

やや誇張すれば、イギリス人にとって大陸欧州とは歴史的に悪いニュースがやってくる震源であり続けてきた。20世紀を振り返るだけでも、二つの世界大戦、全体主義、共産主義という巨大な脅威にさらされ続けた。国民的な「負の記憶」はどこの国でも中々消えないものである。

だから、イギリスと大陸欧州では、欧州統合に向き合う姿勢も必然的に異なる。

欧州統合の本質は、二度と戦争を繰り返さないという不戦の理念から生まれた政治的プロジェクトである。その根幹にあるのは「主権国家は問題の解決に失敗した」という反省だ。

一方で、イギリスにとって二つの大戦は売られた戦争であり、「正しい戦争」に勝利して欧州を救ったことへのプライドはあっても、負い目などない。

1973年にEC(欧州共同体、EUの前身)に途中参加したイギリスにとって、統合は経済的なメリットを得るためのプロジェクトでしかない。

だから、イギリスは、欧州統合の二大偉業とされる単一通貨ユーロにも、国境審査を廃止する「シェンゲン協定」にも参加せず、すでに「特別な地位」を享受しているのである。

反欧州感情のガス抜き、のはずだったが…

イギリスと大陸欧州の溝はかくも深い。そして、党内に多くの欧州懐疑派を抱える保守党にとってEU問題は、その対応を誤れば党の分裂を呼びかねないアキレス腱であり続けてきた。

実際、サッチャー首相もメージャー首相も欧州問題への対応が引き金となり、首相の座を追われている。

キャメロン首相の国民投票実施の決断には、事態がコントロール不能になる前に反欧州感情のガス抜きを図り、保守党内の欧州懐疑派と国内ポピュリズムの増殖の芽を摘むという狙いがあったのである。