鈴木敏文という天才——セブンイレブンのすべてをつくり、追われた男

その「才能」と「限界」を語り尽くす特別座談会
週刊現代 プロフィール

優秀な後継者は「潰す」

勝見: 営業成績の数字は良くても、鈴木氏からすれば、どこかマンネリ化したところが見えたのでしょう。

実はこれまでも、鈴木氏がメーカーとの取引を急に変更するようなことはしばしばありました。長年のお付き合いだからといって、取引を続けるのはあくまで会社の都合。客の都合とはまったく関係がない。鈴木氏はそういう会社の都合で経営がマンネリ化し、店舗の品ぞろえに驚きがなくなり、客に飽きられることを何よりも恐れていました。

磯山: 鈴木氏のワンマン体制は'90年代から'00年代までは非常にうまく機能していたと思います。私が『日経ビジネス』にいた時代も、鈴木氏やセブンイレブンを取り上げると雑誌がよく売れたものです。

一方で、いつまでもワンマン経営ではいけない、ガバナンス体制を強化しなければいけないという話は、セブン内部でも以前からありました。鈴木氏自身、そのことをいちばんよくわかっていたと思います。しかし、そのような話が出るたびに反対して潰してきた。

勝見: ガバナンスとは要するに経営者が好き勝手しないよう監視するということ。それは株主の利益のためなのですが、逆にガバナンスが過剰になれば、スピード感のある経営は難しくなります。

磯山: 以前は創業家で大株主の伊藤雅俊氏(92歳)も、鈴木氏に全幅の信頼を置いていました。その意味で、ガバナンスもきっちりと効いた上で、鈴木氏は自由に経営手腕を振るえた。しかし、伊藤氏が高齢となり、創業家内部で世代交代が起こり、サード・ポイントのような外資系ファンドが経営に口を出すようになって事情は変わってきた。

鈴木氏の退任が決定的になった4月7日の指命報酬委員会でも、伊藤氏に信任のハンコをもらうようにこだわったのは鈴木氏だった。彼はぎりぎりまで伊藤家に信任されていると思い込んでいた。

信田: 鈴木氏の伊藤家への思いというのは複雑なものがあったと思います。

鈴木氏は、持ち株会社のセブン&アイを設立するにあたって、イトーヨーカ堂の象徴だったハトのマークを次々と消しました。また、それまで社歌は3番まであったのですが、なぜか2番までしか歌われなくなった。これは3番の歌詞に「愛を届けるハトになる」という歌詞があるからだという噂が、社内ではまことしやかに語られていました。

勝見: ただ、鈴木氏には「伊藤さんに信用されていたから、ここまでやってこられた」という気持ちは常にあったと思います。

30歳でイトーヨーカ堂に転職して、頭角を現し始めた頃、西武の堤清二氏やダイエーの中内功氏が鈴木氏のことを欲しがったそうですが、「もし彼らの下で働いていたら3日でクビになっていただろう」と話していました。

磯山: その創業家から井阪隆一社長を外すという人事案の賛成を得られなかったことで、鈴木氏は退任を決めたのでしょう。

鈴木氏には、「井阪ではだめだ」という未来が見えていたのかもしれませんが、彼の直感を押し通せる時代ではもうなくなっていた。