金正恩の唯一の友人が明かす平壌「極秘会談3時間」の一部始終 「私は戦争などする気はないのだ」

スクープインタビュー
週刊現代 プロフィール

金正恩最高司令官は、私の身の上を案じて言いました。

「藤本がたびたび送ってくれる手紙は、すべて読んでいる。箱根のホテルでコックとして働いていたそうだな。早朝5時に起きる苦労なんかしないで、早くまた平壌へ来て、仕事すればいいではないか」

「はい。私は'80年代に高麗ホテル地下の日本レストランで寿司職人をしていましたし、あそこでラーメン屋をやりたく思います」

「高麗ホテルなんかもう古いぞ。オレが平壌に作った未来科学者通りを見て来い。今年は黎明通りも整備する。それらを明日から金チャンソンが案内するから、そちらへラーメン屋を出せばよい。オレは平壌でいろんなものを建設したから、今回全部見ておけ」

「承知しました。どこにラーメン屋をオープンするにしても、最初の客は、(金正恩)大将と夫人、お嬢さんですからね」

「それは分かったよ。でも、これからわが国と日本との国交が結ばれたら、藤本も忙しくなるぞ。お前の娘は、朝日間の架け橋になったらよい。

そう言えば、厳正女〔オムジョンニョ〕と娘も、いまからここへ呼ぶか?」

「いえ、今晩から会えますので大丈夫です」

私は'89年に、金正日総書記が仲人を務めてくれて、当時国民的歌手だった厳正女(48歳)と結婚。娘の厳正美〔オムジョンミ〕(24歳)がいます。娘は平壌の会計学校を出たばかりです。

次回は安倍親書を持参する

この日のメニューは、フレンチでした。冷野菜、コンソメスープ、タラの焼き魚、メインディッシュは中華風のとろみ肉で、最後に甘いケーキとマスクメロンが出ました。金正恩最高司令官の胃の調子を考えたのでしょう。好物であるステーキは出ませんでした。

会食中、金正恩最高司令官と、懐かしい思い出話に花を咲かせました。一緒にテニスやバスケットをして遊んだり、私が歌を唱ってあげたり、芸をやって盛り上げたりした話です。そうして、3時間が瞬く間に過ぎて行きました。

平壌では5月6日から、36年ぶりとなる第7回朝鮮労働党大会が始まりました。幹部人事と党政府機構を一新して、北朝鮮は名実ともに金正恩時代を迎えたのです。

この重要な党大会を経て、金正恩最高司令官は、日本との関係改善に乗り出したいと考えています。今回、私を平壌に招待したのも、その一環と言えます。