中東で民主主義が定着しない「本当の理由」~イスラームをめぐる2つの問題について

末近 浩太 プロフィール

民主化を阻害するイスラーム?

なぜ中東はなかなか民主化しないのか。

これまでその原因と見なされることが多かったのが、イスラームであった。イスラームという宗教が民主主義の理念や考え方と相容れないため、中東には民主化が起こらないという説明である。

これは、ある現象が起こる(あるいは起こらない)原因を「文化」に求める考え方である。「文明の衝突」論で知られる政治学者サミュエル・ハンチントンのほか、中東歴史研究者のバーナード・ルイスらなどの多くの論者が、中東に独裁体制が根強く残っているのは、イスラームという「文化」が民主主義の根底にある西洋近代的な価値観と不和を生み出すためと論じてきた。

こうした中東の民主化の停滞をめぐる「イスラーム原因論」は、研究者や専門家の専売特許ではなく、マスメディアなどにおける通俗的な見方においても一定の影響力を持ち続けている。

その理由としては、第1に、中東諸国がいつまで経っても民主化しないこと、第2に、民主主義を公然と批判・拒絶する勢力――例えば、過激なイスラーム主義者――が存在すること、第3に、中東やイスラームを「後進的」「前近代的」と捉える偏見や思い込み、が指摘できる。

「民主化」を求めるムスリム

しかしながら、この「イスラーム原因論」については、今日では、歴史的にも統計的にも反駁されており、説得力を失っている。

まず歴史的には、オスマン帝国における憲法の発布と議会の設置(1876〜77年)やカージャール朝イランにおける立憲革命(1906〜11年)など、19世紀末から20世紀初頭の段階で既にムスリムによる民主化への動きがあった。もしイスラームと民主主義が本質的に相容れないのであれば、彼ら彼女らはこうした政治改革に乗り出すことはなかっただろう。

統計的には、たとえば、政治学者のピッパ・ノリスとロナルド・イングルハートが2002年に発表した政治文化に関する統計分析が、「イスラーム原因論」に大きな疑問符を突きつけた。そこでは、文化が政治に与える影響は確かに存在するものの、現実にはムスリムもキリスト教徒と同水準かそれ以上に民主主義を重視していることが明らかにされている。近年の複数の研究でも、中東諸国のムスリムが積極的に民主化を訴えていることが統計的に示されている。

こうした専門的な分析の手続きを経なくとも、今日の世界を見渡してみれば、「イスラーム原因論」の綻びは簡単に見つけることができる。

先に触れた「フリーダム・ハウス」の報告書に依れば、ムスリムが総人口の過半数を占める諸国のなかにも、チュニジアやセネガルのように「自由」に分類されているものがある。

また、ムスリム人口数において世界第1位のインドネシア(約2億)と第2位のパキスタン(約1.9億)の両国は「部分的自由」、同第3位のインド(約1.8億)は「自由」となっている。つまり、今日の世界では、何億ものムスリムが民主主義の下で暮らしているのである。

加えて、中東諸国において、イスラーム主義者(政治的イデオロギーとしてのイスラームを掲げる人びと)が民主化運動を主導してきたという歴史的事実もある。

1980年代以降のエジプト、アルジェリア、チュニジアでのイスラーム主義者の台頭と部分的に実現した民主化とのあいだには、明らかに「共振現象」があった。そして、2011年の「アラブの春」においては、市民による抗議デモによって独裁者が退場した後は、イスラーム主義者たちによる政党(イスラーム政党)の政治参加と躍進が各国で見られた。

その意味では、イスラームは民主化を阻害するどころか、促進する一面さえあるように思われる。