「オバマの時代」とは一体なんだったのか? 「核兵器なき世界」構想がもたらした大いなる逆説

次期政権に受け継がれるリスク
佐藤 丙午 プロフィール

未完の構想だった

オバマ大統領は、核兵器への依存を下げた状態での国家及び国際安全保障を担保することは、通常兵器などの核兵器以外の手段の活用によって対処可能と結論付けている。

しかし、核兵器の効果を知る国家からは、米国の核抑止の後退を、自身の核兵器取得によって補うのではないか(米国側から見た場合に、核拡散ということになる)との意見も根強い。

おそらくこの関係を理解するオバマ大統領は、「核兵器なき世界」構想と、具体的な政策的措置を切り離し、完全に別個に追求すべきものと捉えている。それゆえに、政権前半で国際社会の長期目標に対する関心の高まりに応え、その効果を見て政治的信任を得た後は、構想の実現とは直接的に関係がない、実務的な政策措置に集中していったのであろう。

つまり、「核兵器なき世界」構想は、未完の構想であり、核兵器の廃絶や核軍縮への関与は不完全さを当初より包含していたか、我々が最初から「核兵器なき世界」構想の本質を無視もしくは誤解していたのでは、との考えに行き着く。

特に後者に関して、この構想が核軍縮よりも緊急性が高く短期目標として対処する必要がある核不拡散と核セキュリティを重視しており、現実にもそれら措置が実現していった。そのことを考えると、「核兵器なき世界」構想は手段であって目的ではなかったとする解釈には説得力がある。

『Foreign Affairs』の2015年9/10月号で同誌のギデオン・ローズ編集長はオバマ大統領を「保守的な気質を持った理想主義的なリベラル」と評している。この評論には頷ける部分が多く、他の外交・安全保障政策分野でのオバマ大統領の実際的な志向を見ていると、規範や理念さえも政策実現のための手段として扱う姿勢が目立つ。

「核兵器なき世界」構想は、核の災禍に対する普遍的な問題意識から出発したのには間違いないが、どの時点からかオバマ大統領は政治的手段以上の意義を付与しなくなったように見える。

そのような背景があるため、2015年のNPT運用検討会議では核軍縮領域での妥協を排し、核兵器の非人道性をめぐる市民社会を中心とした運動や核兵器禁止条約に対しては、冷静な対応を行っているのであろう。