2016.05.11
# 本

日本人が「移動」しなくなっているのはナゼ? 地方で不気味な「格差」が拡大中

大都市と地方の、幸福と不幸
貞包 英之 プロフィール

かつての上京者:永山則夫

「豊かさ」の後ろで地方が抱えるこうした閉塞に迫るために、ここではおよそ50年前の一人の男性犯罪者と、2000年代に罪を犯した(とみられる)二人の女性の移動の軌跡を対比させてみておきたい。

彼・彼女たちはいずれも10代のうちに、北日本の故郷――青森、北海道、新潟――を出て東京に赴き、人を殺す。しかしその動機、またその後の世間の反応は大きくちがった。

まずその一人、1949年生まれ――「団塊」最後の年――の永山則夫が青森県板柳を出たのは、端的に貧しかったことが大きかった。ひどい貧困のなか、今ならネグレクトともいえる家庭内環境で育てられた彼が留まることのできる居場所は、家にも街のなかにもかなり限られていた。

だから永山は東京へ赴き、クリーニング店を皮切りに、米屋や牛乳店での住み込みの仕事や、ジャズ喫茶のアルバイトなどを転々として暮らしていく。

ただし重要なことはこうした移動の背後に、同じように故郷を離れ上京した大量の移動者がいわば「同伴」していたことである。

時代は中卒者が金の卵ともてはやされる集団就職の時代――映画『三丁目の夕日』でノスタルジックに描かれたように――を迎えており、実際、彼が逮捕された1969年には三大都市圏に向かった人口は、156万人と史上2位の多さ――最大は翌年の1970年――に達している。

そうして同じように家を出た大量の移動者を背景として、彼の事件には大きな共感が寄せられた。永山は盗んだ拳銃で函館、名古屋と広域的に射殺事件を起こしたのだが、その事件にはそれを理解しようとするさまざまな言葉が群がる。

寺山修二、井上光晴、平岡正明、中上健次などを代表に、永山の犯罪は、同時代の人びとが自分も犯すかもしれなかった事件として、共感を込め語られていったのである。

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