五輪エンブレム、なぜA案しかありえなかったのか?

大騒動を通じた2つの学び
河尻 亨一 プロフィール
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A案はスポーツ感(シズル)に乏しい

本稿ではA~D案の比較でエンブレムに関して筆者の意見を論じた。だが、ここでひとつ"禁断の比較"をしてみよう。A案と佐野案を比べるとどうか?

私なら迷わず佐野案に一票を投じただろう。

A案は完成度の高い意欲的なデザインだが、弱点としてはスポーツ感(シズル)に乏しい。

デザインや広告は「そそる」ということが大変重要だ。簡単に言うと、ビールのコマーシャルなどでタレントが「ぷはーっ!」と飲んだり、缶に水滴がキレイについてるのがここで言うシズルだが、その表現の技巧はいかなるお題であっても重視されるものである。

佐野案には実はこれがあった。「Tと円」というシンプルな記号とシックな色合いの中に、躍動感と緊張感を封じこめていた。右上からいまにも落ちそうな円。それを受けて右下から跳ね飛ばしそうなカーブ。

そのコンセプトを展開させるモーショングラフィックス(動画)。エンブレムの黒と白を反転させることで表れるパラリンピックのイメージなど、スポーツの祭典を意識して、綿密に計算されていたのがこの案である。

公式デザインという制約のためかおカタいように見えて、見慣れるとふとした瞬間に「(勝利に)ウインクしている人」のようにも見えるキャラクター的構成が奥ゆかしくもチャーミングだ。

一方、A案は優れたデザインでありつつ、ここからはそういった"人間味"を読み取ることが難しい。世界数十億人が視聴する競技大会では難解に感じられるかもしれない。

これはどちらかというと万博やアカデミックな国際カンファレンスなどのマークにふさわしいデザインだと感じる。最後にふれるように、そういった意味において、時代に対する考察は佐野案より深いとも思うのだが。