五輪エンブレム、なぜA案しかありえなかったのか?

大騒動を通じた2つの学び
河尻 亨一 プロフィール
Photo by gettyimages

透明性の担保なしに出来レース説は払拭されない

しかし、A案(組市松紋)は3案との比較においてかなり相違がある。その"違い"や"独自性"を言葉にするのが意外と難しいのだが、なんとかトライしてみたい。

まず「市松模様」という、ありふれていそうで実は意識されることの少ない伝統模様に着目し、ああいった有機的構造物として組み立てようという発想がなんだかスゴい。

しかも、「異なる3種類の四角形を組み合わせること」で「多様性と調和」に落としこんでいるという。抽象的だが斬新なアイデアにも思えた。記者会見でも話に出ていたが、平面でありながら立体を想起させるところも興味深い。チェッカー模様は世界的に知られるものであることから、グローバルな広がりも計算されているのだろう。

仕事柄、筆者は人より多くのデザイン物をじっくり見る機会はあると思うが、「その手はなかった」という印象を唯一受けたのがA案だ。オリジナル性の高いデザインだと感じた。

もし、私が審査員であったとして、「A~D案のひとつを」と言われれば、迷うことなくA案に一票を投じたことだろう。もっとほかの案がないのであれば。

ところがこのA案に関して、またしても「出来レース」だと言う噂が流布しているようである。宮田亮平委員長は発表会見で「(噂に関して)腹立たしかった」と否定していたが、その真偽について私は判断できる情報を持たない。

だが、A案とほかの3案との"へだたり"を考えれば、「これありき」という見方が広まってしまうというのも理解できなくはない。

エンブレム委員会は「透明性」を方針として掲げている。投票においてだれがどのエントリーに投票し、それはどういった考え方の元に行われたのか。審査ではどういった議論が交わされたのか。それらを公開するのはマズいのだろうか? 

そういった"透明性"が担保されない限り、出来レース説はなかなか払拭されないかもしれない。