島地 以前、わたしが社長をやっていた出版社で本をつくったことがあります。塩野さんは新潮社ががっちり抱え込んでいますが、わたしは就職活動の時に新潮社を落ちている。どうにか見返してやりたいと思っていて、塩野さんの本を出したらびっくりするだろうと思って、ローマを訪ねたんですね。
日野 そんな昔のことを見返してやるって、どれだけ執念深いんですか。
島地 それくらいの思い込みが必要なんだよ、編集者には。そうしたらある日、塩野さんが「わたしがどうしてローマに住んでるかわかる?」と聞くんですね。『ローマ人の物語』があるので当然といえば当然ですが、もう一つ、教会に行くとカラバッジョの絵があるんです。しかも、お金を入れると灯りがともって、少しの間ですが間近で見ていられる。だからローマを離れられないというわけです。
わたしも以前からカラバッジョが好きでしたが、ローマの教会で、ありえないくらい近くから見て、改めてびっくりしました。いろんな絵描きの作品を見てきましたが、デッサン力も光の使い方もズバ抜けています。
松岡 しかも、デッサン力がものすごいのに、実はデッサンしないで直に描いているでしょう。あれは本当にすごい。38歳の若さで死ぬわけですが、殺人を犯してローマにいられなくなるにもかかわらず、あれだけの作品を残す。自由狼藉というか、あんな生き方をした画家は他にはいません。
島地 カラバッジョの場合は特別ですが、一般的に「画家は長生きする」という説をご存じですか。大きな絵を描く時、ちょっと描いては後ろに下がって全体を確認しますよね。描く、下がる、描く、下がる。この繰り返しがいいらしいんです。
松岡 それはなんだろう。後ろ歩きがいい、ということでしょうか。
島地 そうです。人間、自分の意志で後ろ歩きすることは滅多にありません。ところが画家は自然に後ろ歩きをしています。脳の普段使わない部分が刺激されて、それが身体にいいらしいんです。
日野 島地さん、プールで後ろ歩きしてると自慢してましたが、そういうことだったんですね。
島地 そう、プールに行ったら必ず、250メートルは後ろ歩きします。
松岡 なんだ、案外、健康に気を使ってるんじゃないですか。
島地 健康というより、鍛錬です。シングルモルト、葉巻、肉、女。人生を充足させる4つの要素を楽しむための鍛錬とお考えください。
そういえば、さっき十文字さんの話がありましたが、写真家でいうと、操上和美さんとやった仕事が印象に残ってます。
松岡 十文字さんも操上さんも超一流のプロだから、記憶に残る仕事になりますよね。