手倉森監督はどう動くのか? 関塚ジャパンに見る「OA枠」の狙い

二宮 寿朗 プロフィール
ロンドン五輪で日本代表を率いた関塚隆監督〔PHOTO〕gettyimages

日本代表、過去の成功例

採用して最も成功したのが、前回の12年ロンドン五輪だと言える。

対人に強く、様々なポジションで起用できるFC東京のDF徳永悠平と、FIFAが代表チームの拘束を認めたことでサウサンプトンからA代表で活躍するDF吉田麻也を招集。この2人の力がプラスアルファとなって、ベスト4という好成績を収めた。

ロンドン五輪のOA選考から、何を学ぶことができるのか。

関塚隆監督は選考の条件として「年の近い五輪経験者」を挙げていた。当時、徳永は28歳で吉田は23歳。OAの2人を同世代にしなかったのもミソである。

大会後、指揮官はこう語っている。

「吉田はOAを使わなかった北京五輪の代表で、徳永はOAがいたアテネ五輪の代表。違う雰囲気を知っている2人が入った意義は大きかった。いかに初戦が大事なのか、自分の経験を伝えてチームに浸透させてくれました。初戦で勝ち点を取れなかったら、中2日じゃなかなか修正は効かないんだ、と。

とはいえOAというのは賭けでもありましたよ。アジア予選を戦い抜いてきたところに年長者が入ってくるわけですから。雰囲気がどうなるか、そこは不安でしたね。だけどチームに入る側と受け入れる側、双方が互いに協力してうまくマッチしてくれました」

戦術的な補強という観点ばかりではなく、このチームにどんなパーソナリティーを持つ選手が合うのかまで考慮しての人選であった。徳永は年長者の「兄貴分」としてチームを支え、吉田はキャプテンとしてチームを引っ張った。

アテネ五輪は初戦でパラグアイに3-4で敗れたことが重くのしかかり、グループリーグで敗退。北京五輪も初戦で米国に0-1で敗れ、そのまま1勝もできないまま舞台を去った。初戦の重要性というものを徳永と吉田が言葉や態度でチームに伝えたことが、強敵スペインを破る一つの要因となったのだろう。