坂口恭平の熊本脱出記(4)3歳の息子は僕の手を引っ張り、「あそぼ」と言った

命より大事なものはない
坂口 恭平 プロフィール
2016年4月17日17:16のツイート

近代観測史上最大の地震だと言われている今回の熊本地震。東日本大震災ですらまだ余震があるというのに、余震がいつまで続くかわからない状態で、どのように人々は避難所生活をし続けるのだろうか。

僕にはヴィジョンがない。僕にはそのような定住生活のヴィジョンはない。それよりも、新天地を求めていくのが自然な人間のあり方だろう。

熊本の人は、今後、マンションや家を買おうとは思わないのではないか。僕が10代のころからもう20年以上も言い続けていることが、ようやく通じるときがきたのか。このような悲劇的なことによって。

大牟田に向かうタクシーに乗りながら、やはり玉名、荒尾、大牟田あたりはまったく「気」が違うことを感じた。荒尾市長は知人の山下慶一郎氏。僕は電話をかけた。

「山下さん、仮設住宅を熊本市に建てても、この地震はまだずっと先まで終わらないので、無意味だと思います。だから、荒尾に仮設住宅としての0円生活圏をつくったほうがいいですよ」

僕は荒尾市長から僕が提案している0円生活圏の実現プランの企画をお願いされていたのである。そのプランを仮設住宅のかわりとして実現し、熊本市民をそこに移住させるという方法はどうかと思ったのだ。

確かに、自分の暮らす場所から移動するのは困難だ。もちろん愛着もあるし、仕事もある。しかし、いつ大きな地震がくるのかわからない状態では、まず熟睡ができない。そんな状態で健康的な思考ができるはずがないし、楽しいわけがない。

まずは健やかな生活を送ること。それだけを考える必要がある。

しかし、現代は少し違うようだ。命よりも大事なものがあるらしい。

僕は熊本に居続ける両親に、少しだけ大阪の妹の家に旅行がてら行ってみたら? と誘ったのだが、断られた。辛いが、そう言われたら、こちらも納得するしかない。鋼の心臓を持っているとしか思えない。

僕はとてつもなく弱い心臓を持っているので、すぐ怖がって逃げる。でもそれでよかったと思った。横浜に着くと、息子のゲンが、手を引っ張った。

「あそぼ」

実家の隣の公園に連れていき、滑り台をすべった。ああ、これがしたかったのか。

子供の声に素直に耳を傾ける。

僕がとった今回の行動は、それだけだった。熊本地震は、僕に多くのことを気づかせた。もう何もいらない。家族だけいれば、笑ってすごせる。